カテゴリ:旅( 163 )

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今回の青森の旅でどうしても行ってみたかった場所にやっと行った。それはちょっとだけ思い切りが必要だった。新青森駅でレンタカーを借りて目的地まで何時間かかるのだろうか?そのために宿泊地に到着するのがかなり遅くなるのも嫌だった。私の旅の流儀として、夕方までにはホテルに着くというものがある。つまらない流儀かもしれないが、ホテルでの滞在も楽しみたいという私の旅のスタイルを変えたくないからだ。

それはそれとして、今回その迷いを断ち切ってその場所に行ってみた。青森県の地図を思い浮かべることができる方は頭の中で想像していただきたい。青森駅の西側にある新青森駅から陸奥湾を北東に進み、有名な浅虫温泉を過ぎ、野辺地を通り越すと、陸奥湾を西側に見ながら北上を続ける。
しばらくの間ただひたすら陸奥湾を北上する。出発して2時間以上走るとやっとむつ市内に入る。すると、国道はその地形に合わせて、今度は西に向かう。その一番最初に目にすることができるのが大湊に停泊している「軍艦」だ。函館ではあまりお目にかかることができない、本格的な戦闘用の軍艦が静かに停泊している。

本当はそれもじっくり見てみたかったのだが、距離感覚がわからない私にはとりあえず目的地に向かうことを優先した。大湊を過ぎてなお西に向かう、そう、それは函館方面から見ると、視認できる下北半島の裏側、陸奥湾に面した道路である。40分程度で行きたかった「青森県むつ市川内町蛎崎」にようやく到着した。午前中に出発したが、昼食はタイムロスを考慮してコンビニでサンドイッチを買い、それを食べながら運転を続けて要した走行時間だった。

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蛎崎の海。これを見るために私はやって来た。ここから北海道は見えない。たぶん青森すら見えていないだろう。津軽半島と下北半島に囲まれた陸奥湾しか見ることのできない、この場所、私の母方の祖先は住んでいた。

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いちおう蛎崎城に住居を構えていたようだが、今から約560年前、蠣崎氏の謀反により討伐され、この地を去って北海道に渡り、上ノ国町に花沢館を作り次の棲家とした。この館は道南12舘のひとつとして数えられ、そのうちのひとつが箱館であった。北海道に移り住んでから間もなくコシャマインの乱が勃発し、それを客奨である武田信弘が平定させ、蛎崎家はやがて道南一の館となり拠点を現在跡地が公開されている勝山館に移した。1514年本拠を松前に移し、やがて蠣崎から松前と名を変えた後、豊臣秀吉に取り入れられてもらい、それまでの安東氏の支配下から独立。その後徳川家康の時代に蝦夷地の支配権を認められ、それから約100年もの後に正式に松前藩として認められた。この時、松前家の中から家老職を担う一族は再び蠣崎を名乗り藩の終焉まで代々松前藩の政に関わることになった。

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簡単に書くと、従来の機銃地を追われ、新天地で成功を収めた話に聞こえるかもしれないが、決して盤石な基盤に立った藩ではなかった。全国の中でも年貢を米で納めなくてもいい特別な藩として扱われたのはいいが、経済基盤は海産物などの漁によって左右され、決して安定的とは言えないものだった。また、兵隊組織も盤石ではなく、旧幕府軍の北海道上陸の際にはあっさりと敗北している。その前にも2度ほど幕府直轄の支配地となってしまっている経緯がある。

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その蠣崎家が記録として登場する最初の地が、下北半島の蛎崎という小さな集落だ。何も知らずに車で走ると、あっという間に過ぎてしまうほど小さな街だ。近くの川内の街の方が昔栄えた面影が残っている。広大な屋敷らしきものも見られた。
本当に蠣崎家はこの場所で川内方面に勢力を及ぼしていたのだろうか?そんな疑問をどうしても持ってしまう。今回はただこの街を少し歩いただけだったが、今度来る時は時間を充分取り、簡易郵便局の方などに尋ねて少しずつ紐解きをしてみようと思った。

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今回時間をとれない強行軍で訪れたのは、蛎崎の海を見てみたかったからだ。蠣崎家はこの浜から北海道を目指したのだろうか?実際に現地に立って考えてみると、どうもそうは思えなかった。色々なパターンを考えてみた。蛎崎を追われた蠣崎家は下北半島の北側、つまり津軽海峡に面したどこかから蝦夷に向かった。だが、このルートであると蠣崎家が現在の戸井・恵山などの箱館より東側方面(太平洋側)に漂着し、そこに居を構えた方が自然に思えるが、実際は正反対の西側(日本海側)である上ノ国に移住している。そこから推測されるのは、一度下北半島から八戸南部の目が届かない津軽半島に向かい、それから日本海ルートで上ノ国に上陸したのではないかということだ。

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いずれにしても、約560年前、蛎崎家がこの地から蝦夷を目指したことによって現在の私がここにいる。
蛎崎家は松前藩解体後、藩の家老の中でも最も貧乏になった一族と言われているが、何となく今の自分を見ると納得してしまう(笑)
それでも、自分の中にどこか武家の心が残っているような気がする時がある。それはきちんとした理念などの言葉で表せるものではない。でも、仙台や弘前などの城下町を訪れた時に、「ここは訪れるべき場所だったのだ」と頭のどこかで感じてしまう曖昧な感覚はいつも感じる。そして、たまたま私はそのような場所に旅することが多い。蛎崎を離れてから向かった先は八戸南部藩があった八戸だった。




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先日お伝えした八戸三社大祭前夜祭での男の子たち版です。
私は一度だけ弁天町内会の盆踊りの太鼓を叩いたことがありますが、さすがに中学生だったので多少なりとも図々しく、ええぃと勝手にやっていましたが、このような小さな子の場合、どんな気持ちで祭りに参加しているのか、機会があれば訊いてみたいものです。

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とても恥ずかしい気持ちなのか、誇りに思っているのか、でも、大人になった時の貴重な思い出になることは間違いないでしょうね。

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そして、大人になっても、この素晴らしい祭りを子供たちに伝えてほしいですね。

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奥入瀬に生息する苔は、奥入瀬独特の世界を築く大切な要因となっている。

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幹が根からもぎ取られ倒木した樹には苔が生えている。しかし、その苔を命の糧として根付いて成長している樹もある。

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倒木した樹は苔の繁殖の舞台となると同時に、新しい樹の命の成長を促進する栄養素にもなる。

奥入瀬では果てしない命の移り変わりと生を巡る命がけの場所争いが静かに静かに、私たちには気が付かないうちに長い時間をかけて行われている。

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私たちは幸いにも、その壮絶な自然の掟をここで目の当たりにすることができる。
それが奥入瀬の最も惹き込まれる理由のひとつだ。




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奥入瀬で、最も観光客が見る滝は、十和田湖にかなり近くなった場所にある「銚子大滝」だ。
今回の奥入瀬歩きはここから始めた。

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川の水は断崖から落ちる時、滝と呼ばれる姿になって、自らの命を失くさずに下へと向って行く。人間や生物は断崖から落ちると命を失うか大きなダメージを受けてしまう。

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水は最も強く、そして最も必要とされている。

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水は流れ行く先にあるものに関係なく、ただ単純に上から下へと向って行く。単純に生き延びることができるということは、最も強い生命力があるということだ。

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その水の姿は、いつもは美しい。

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今回三社大祭(前夜祭)を見て歩いていたら、出演しているメンバーの男女(子供)の割合が6対4か7体対3の割合で女の子が多いことに気付いた。なによりも大太鼓を叩いているのが女性の場合がとても多い。笛に限って言うと8割は女の子が吹いていたように感じた。

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もちろん男の子たちも頑張っているけど、圧倒的に女の子たちが頑張っている印象が残る。これも八戸の文化なのか、南部の文化なのでしょうか?

ちなみに、新潟では雪掻きは女の仕事とのならわしがあるようですが。

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熱い祭です。
気温も相当暑かった(笑)
ちゃんとした写真は後日。

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7月31日と8月1日、私は青森にいます。
たまたま、また奥入瀬に行きたいとちょうどタイミングのいい日を選んだら、後から知ったのですが、八戸の三社大祭の前夜祭が31日に行われます。予約したホテルのすぐ近くで行われるようなので、激写・激写で祭りの「熱さ」を撮ろうと今から楽しみにしています。

そして奥入瀬は8/1。
2015年夏に行こうと計画したのですが、新青森駅前のレンタカー屋さんに着くと、運転免許証を忘れてきたことが発覚し、結局その時は奥入瀬には行けなかったのです。というわけで、今回は初めての夏の奥入瀬です。

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さて、夏の奥入瀬は私に何を見せてくれるでしょうか?

祭りという人間が作った熱狂と、奥入瀬という自然が作った絶妙な「生」の世界。しっかり堪能して写真におさめて来たいと思います。


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2014年より毎年必ず行っている奥入瀬、そして青森。
今年は夏に行ってみたいと思っている。
考えてみると、いつも秋にばかり行っていた。特別紅葉を目当てにしていたわけではない。たまたまのそのシーズンになると、というより雪が降る前までには行っておきたいからなのかもしれないが、毎年結局9月から11月の間に行っていた。

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今度は夏に行きたい。そして、行こう行こうと思っていただけで実現させていなかった、私の祖先が住んでいた下北半島の小さな街にも行ってみたい。祖先はそこから室町時代に津軽海峡を渡り、上ノ国に住み館を作った。

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そして、いつしか一族の一部が松前に移住し、松前城を築いた。
そのルーツが青森にあるのにまだ行っていなかった。今年こそ行ってみたいと思っている。

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もちろん奥入瀬にも行き、1年間分の命をもらってくる。奥入瀬は私にとってはそういう場所なのだから。



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吉祥寺にSOMETIMEというジャズライブハウスに行った。それは、函館出身の20歳の若者のチョイスでのことだった。

若者は東京という、うんざりするほどの人が行き交う中で自分を見失わないで、夢を捨てるのをいつにするか、あるいは捨てずに向って行くのか、その決断が自分の中での交叉を繰り返して生きて行かなければならない街だ。

どこの街でも店は入れ代わり立ち代わり。その中でこの店は今年で開店してから43年にもなる。そこに若者が行く。
どこの街にもそういう場所は必要なんだと思った。そして、それは必ずあるのだ。

若者は今、映画や舞台の主役に抜擢されようと決して楽ではない生活を続けている。
だも、希望的観測だとか、彼が知人だというひいき目ではなく、そのうち何かの主役にはなるだろう。しかし、それは苦しんで苦しんでやっと勝ち取ったものになるかもしれない。でもそれは仕方ないのだ。いっぱい悩んで、いっぱい屈辱感を覚えて、いっぱいミスをして、それらがひとつことつ体に染み込んだ時に、役者としての味を出せるようになるものだと思っている。

だから、これから東京に行く度に彼にあおうと考えている。
何もできないが、せめて見守ることぐらいは私にでもできるだろう。





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