カテゴリ:旅( 173 )

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20代の頃はよく東京に行っていた。たまには仕事でたまにはプライベートで。
同じ会社の本社の女の子とデートしたこともあった。私が知り合った女性の中でもとても素敵な女性の一人だった。彼女は東大卒だったのだが、私は特別扱いせずに普通の女の子として対していた。それが逆に嬉しかったのか、何となくデートをできるようになった。でも、さすが東大卒。私があえて順序を省略した、普通の会話では次の次に話すべき話を投げかけると、彼女も私に対して、「きっと私はこう答えるだろう、だからその次」の話を私に返してきた。その会話がとても楽しかった。そんな決まりきった順序を省いて会話が成立できることが脳を刺激してくれた。
でも、彼女もある意味東京の湿っぽい曇天の街に住んでいる社会人の一人だった。

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名だたるブランドショップがひしめきあう東京で、それを着ようとする若者たちと、着て街を颯爽と歩き東京の「オシャレな人々」の一人になろうとする若者たち。女の子に群がる男たちと群がれることを喜びにする女たち。隙があれば金になることをしようとする人たち。その金で、貧乏な20代若者が食べれそうもないものを食べ、飲めそうもない店で女の子を連れて「いい男ぶり」を披露する。

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女の子たちは、これを着ていれば流行に乗り遅れることもなく、ひょっとしたらファッションの新しい部類に入るあでやかな服をひらめかせ、男の誘いに乗る。または男を挑発する。男は男とでそういう女性をいつも探し、自分のものにしようと時間と金と気力を注ぐ。
ともかく、東京の街には色々な欲望と失望と這い上がろうとするパワーとどこまでも落ちて行く絶望と黙っていると消えてしまいそうな自分を救い出そうとする這い上がりの力と知らぬうちに消えてしまった人々の残像が入りみだれている街だ。

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東大卒の女の子と初めてテートしたのは横浜の山下公園だった。定番中の定番だったかもしれないが、その時の彼女はとても輝いていた。夕陽を背に逆光で私を見る彼女の顔がたまらなく可愛かった。夕陽でスカートが透けて見えて、彼女の脚の形がくっきりと見えた時は、ただただ一人の可愛い女の子以外の何ものでもなかった。

でも、渋谷や六本木に行くと、そんな素朴な気持ちも持てなくなり、人の色々な欲望や絶望などがぐちゃぐちゃに交じり、空を曇らせ雨を降らせていた。
その時、私の頭の中ではいつも、サザンオールスターズの「ミスブランニューディ」が流れていた。そして、サザンオールスターズは、人の業でどんよりと曇り、そのうち堪えれなくなり雨になって降り注ぐ街にぴったりあった曲をたくさん作っていた。

そして、雨の東京には「わりとよくあるタイプの君」が今でも傘をさして、欲と夢と現実と生活と仕事の狭間でもがいている人々今でもひしめき合っている。






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旅に出るなら、できれば飛行機がいい。なぜなら、飛行機は離陸して10分も経たないうちに「別世界」に導いてくれるからだ。私たちはそれが人間としての宿命であるとはいえ、普段は地上に暮し、地上の中で移動している。だから、車や列車はどこか「日常」を引き摺りながら移動し、しばらく時間が経ってから「非日常」を見せてくれる。
でも、飛行機はほんの僅かで日常ではありえない世界を漂うことになる(飛行ルートは決まっているので漂うわけではないですが、自分としては)

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私が長年の沈黙を破って旅に出るようになったのは、西部地区に住み、たくさんの観光客を見て来たからだ。観光客はどこかキラキラしている。それはそうだろう。彼らは楽しむためにわざわざ函館まで来て歩いている。それは楽しいだろうし、ほんのわずかな期間とはいえ、日常から解放されているだろうから。とても魅力的に見える。
とても羨ましかった。何て素敵なんだろう。そう見えた。
ある時、それなら自分が旅人になればいいのだ、眺めてばかりではいけない。

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そして、一度函館のはるか外にいき、函館を振り返ると日常では決して感じない違った思いを得ることができる。でも、帰って来てしばらく経つと、また「飛びたい!」と思うようになる。なぜなら、この世の中で私が目にしてきた光景よりも、まだ見ぬ光景の方が圧倒的に多いからだ。そう、まだ私はこの歳になっても、知らないことの方がはるかに多い。毎日の生活を繰り返していると、知っているつもりになっている気になってしまうのが人間だが、そんなちっぽけな思い込みを旅は一気に崩壊させてくれる。だから旅は面白い。だからまた飛びたい!



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昨年の4月10日、私は函館出身のある若者と会っていた。
その若者は本人が中学生だった時から知っていた。その若者は函館を舞台とする映画に出演し、映画関係者から注目を持たれていた。確かに他の普通の子供とは放つ光が大きく異なっていた。もともとこの若者の母親を通して知り合いになったのだが、ずっとその成長を見ていると、何だか自分のことのように嬉しくなったり考えてみたりしていた。
その若者は今、yoh!という名で活躍している。

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彼とは、あえて母親に連絡せず、一人の男同士として会う約束をした。その待ち合わせの場所が吉祥寺であった。どんな話をしたのかはもちろん言えないが、この頃彼の出演したMVが発表されたばかりで、そのMVで中心的な人物として煙草を常に吸っている役割を担っていた。そのためか、私がレンズを向けるとこのように必ず煙草に火を点けた。自分なりのイメージ作りに徹していたのだろう。そのMVがこれだ。



吉祥寺の喫茶店を出た後、私に付き合ってもらい、銀座シャネルで開催されていたSarah Moonの写真展に行き、夕食を共にした後、彼の渋谷路上ライブを拝見させてもらった。函館に住んでいた頃からやっていたビートボックスの路上ライブだ。その時彼は「今日は抜群に上手いベーシストが来れないから、ちょっと盛り上がらないかもしれないけれど」と私に話していた。しかしそれでも、彼のビートボックスは見事であった。実も函館在住の時に、コンテスト応募用として私のカメラで彼のビートボックスを録画したことがあるのだが、その時に比べて格段に上達していた。
そして先日、その時話に出たベーシストとコラボでオリジナルMVを発表した。ただただカッコイイ!それ以外の言葉が見当たらない。
ひょっとしたら今度東京に行く時、声をかけても会ってもらえないかもしれない(笑)そのくらい忙しくなっているかもしれない。それならそれで仕方ない。
私や彼を知っている函館の人々と、密かに見守って応援するだけだ。
そのMVはこちら。







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去年の今日、私は日比谷にいた。
それもできて間もない「東京ミッドタウン日比谷」に訪れた。

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このビルには興味をそそるアイディアがいっぱい詰まっていた。
建替え前の店舗を再現するかのような理髪店、立ち食いてんぷら、皇居や日比谷公園が一望できるテラス。

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それらは、やはり東京だからこそ集めることができた、設計とセンスが散らばっていた。

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こういうものが函館にもあったら面白い。きっと札幌にできるよりも面白くなるのではないかと思った。一昨年できたGINZA6は東京ならではのもので函館にある必要は全く考えられなかったが、ミッドタウンはちょっと形を変えると、市民も観光客も利用できるのでは、そんな気がした。最新のものと昔の風情を同居させる。それが目指すべきものではないか、そう思う。



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「どこで生まれたの?」と訊かれると、細かな説明が面倒なので「函館」と答えるようにしている。だいたい、本当に生まれた場所を説明しようとしてもおおよその人はその地域も知らないだろうし、私も理解してもらいたいと思っていないので、函館生まれということにしている。
だが、正確に言うと私が母の胎内からこの世に産み出されたのは、上ノ国町字桂岡だった。そこは母の実家だった。私を生むために里帰りし、そして私が生まれた。その後どれだけの期間が経ってからなのかはわからないが、母の嫁ぎ先である父の実家である渡島当別(現在の北斗市当別)に戻った(私の立場で言うと、引っ越した)

その当別の父の実家は、国道に面し、ちょうど国道からトラピスト修道院に向かう道の入口の隣にあった。トラピスト修道院に続く坂道を登るためには、国道から鉄道の踏切を渡らなければならない。父の実家はその踏切のすぐ近くにあった。私は両親の話によると、1歳になるまでそこに住んでいたらしい。だが、色々な理由で両親と私は函館市弁天町(当時は幸町)に引っ越してきた。
もちろん引っ越したと言っても時々両親に連れられて、あるいは母とともに当別の父の実家に何度も行った。特に幼い頃は何度も行ったように覚えている。実家から国道を渡ると、すぐに砂浜に辿り着く。時々その浜に行き(あるいは連れられて)津軽海峡を眺めていた。その風景は、なぜかゴジラが海から上陸するシーンにシンクロし、ゴジラの存在が自分の中では、とてもリアリティーを感じていた。ひょとしたら夜になったらゴジラがすぐ近くの浜から上陸するかもしれない。小学低学年の子供には夜眠れない理由としては充分だった。

そんな怖い記憶とは別に、他の方々では経験できないことを私は経験できた。ある日父に連れられて、トラピスト修道院まで行った。なぜ修道院に行くことになったのか、その理由をたぶん聞かされずについて行ったのだと思う。その当時トラピスト修道院は、現在のような立派な門や建物などなく、それほど高くない塀とその中央に質素な門があるといういたって簡素な造りになっていた。父はその門で、その場にあった小さな鐘を振って鳴らした。するとしばらくして、男性の(当たり前だ!)修道士がやって来た。修道士は黒っぽい例の服をまとった白人だった。父と修道士と何やら話すと、修道士は建物に戻り、しばらくして(どれほどの時間だったのかは覚えていない)再び修道士が私たちの所にやって来た。そこで何かを父に渡すと、父はお金を払った。つまり何かを買ったという特別なことでも何でもないことだが、キリスト教の服(当時はそういう認識しかできなかった)と白人を初めて見たことに私は固まってしまった。別に怖かったわけではない。ただ、「自分が普段見ていた世界」とは全く別の世界を見てしまった気がしたからだと思う。
だか、この日の体験は今となっては普通にはできないものだと分かった時、違った意味でとても貴重な体験だったと思った。たぶん父はバターを買ったのだと思う。クッキーではなかったと自分の記憶として成立していた。現在は、門の少し下に売店があり、直接修道士とトラピストの商品のやりとりをすることはない。この当時だったからできたことだ。今考えると、何とものどかで、修道院と民衆との距離がもっと近かったのかもしれない。
いや、待てよ。父が「買った」はずのものを記憶していないということは、ひょっとして父はお金を払っただけなのかもしれない。その可能性があるのは、実は父の実家があった場所は修道院の所有地の一部で、実家は借地の上に建っていたからだ。父はその時地代金を払っただけなのかもしれない。残念なことに、初めて見る風景に圧倒されて父と修道士との間で行われたやりとりははっきりとは覚えていいない。

ともかく、父の実家はキリスト教徒でもないのに間接的に関わりを持っていたことは確かだった。実は、その実家は、修道院で働いていた酒井武雄という、函館市内のいくつもの学校の校歌を作曲した音楽家の父が所有していたものだった。その酒井家が函館に引っ越すことになり、だれかその家を買わないかとさがして、最初ある人が買うはずであったが、何かの理由で買えなくなり祖父が買った、と以前父から聞いたことがある。
そういう因縁が酒井家とはあるのだが、時代を超えて、私と酒井武雄氏の孫が小中高同じ学校に通い、よく遊んでいたという因縁がある。また、私の妹が酒井武雄氏の子供からピアノを習っていた。私の人生では、こんな偶然がいくつもある。まるでそうなるべくして人間関係が作られていく。もちろん私の意図など全くないにもかかわらずにだ。

昭和30年代から40年代にかけて、トラピスト修道院のふもとに私は度々行った。その後、祖父は町内の別の場所に家を建てたため、その家に行くことはなくなった。そして、いつしか建物は解体され更地となっていた。父は写真を趣味のひとつとしていたが、その実家を写したものはなかった。私にわかるものは、幼少期のほんの微かな記憶の中での実家の映像だけだ。
その実家を両親が離れて函館に越して来たことに、結果的ではあるが私は感謝をしている。もし、私が1歳という時から函館に住んでいなかったら、今の私はなかったであろうと思う。きっと違った人生を歩んだかもしれない。こんなブログを書いていることもなかったかもしれない。

もし、クローン人間として、私と姿形が全く同じ人間がこの世に誕生したとしても、恐らく違う人生を歩むことになると私は確信している。なぜなら、人間は生まれてから育てられた親や関わり合いを持った人、住んだ街、生きている時代によってその人生は変わってしまうと考えるからだ。よく、「生まれ変わったら何になりたい?」という会話を聞くことがある。そんな時私はこう思う。

「生まれ変わったらこうなりたい、と考える自分は、自分が存在した人間環境や時代背景を経験した結果で今の自分が思いつくことであり、生まれ変わった自分は、たぶん違う人に育てられており、生きる時代も違うのだから今の自分とは違った考えを持って生きているはずだから、こうなりたいというものすら考えていないかもしれない」

そう、トラピスト修道院のふもとでの小さな出来事は、とてもとても繊細な偶然によって私の人生の一部となっているのだ。





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そう言えば、去年の今頃社員旅行で福島県に行っていた。その後このブログでもいくつかの風景を掲載しましたが、まだ投稿していない写真があったため、いくつかご紹介します。

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ご紹介するのは大内宿です。たまたまテレビで旅行の何か月前にこの大内宿のことを知っていたため、旅行コースに入っていたのは幸いなことでした。しかし、ある程度予想していたとはいえ、ほんの小さな集落だったことには、びっくりしました。上の写真はその大内宿へ続く入口です。

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テレビでは、大内宿のある方がなぜこのような昔ながらの建物が残っているかという質問に対して、「国道が整備された時、この集落がずっと離れたところに道路ができてしまい、宿街としての収入が激減し、住民が貧しくなり、建替えができなかったからこのような建物が残った」という説明をしていた。それこそ江戸時代は会津西街道の要所だったらしい。その後調べてみると、国鉄の駅もこの集落から遠く離れた所に開業したため、宿場街としての機能をより失っていたのではないかと推測します。

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経緯はともあれ、北海道ではほとんど見ることができない古来の日本家屋が残っている(それも降雪地帯で)というのは、貴重なものであることには違いがありません。
この時は滞在時間が30分あったかどうかという短いものでしたので、今度はもっとゆっくり行ってみたいものだと思いました。

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年末、札幌でフェルメールとレンブラントの「リ・クリエイト」の展示会を観た。
上の写真は、私がフェルメールといえば思い起こす、「手紙を書く婦人と召使」という作品。でも、世間的には「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」の方が気に入られているようですね。

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それはそれとして、次の二つの作品では、なぜこれをフェルメールは描いたのだろうか、という疑問が拭い去れませんでした。

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「天文学者」

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「地理学者}

詳しく調べていないので、的外れなことを言うかもしれませんが、この2枚の絵、背景も登場人物もほとんど同じで、向かい合ってるものが違うだけ。



意味が分かりません。不思議です。


当時フェルメールがモデル不足だったのか。それとも、この人物は天文学者でもあり地理学者でもあったのか。



わかりません・・・・・・。





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昨日の黒松内~蘭越間の様子です。
ひどい時は前の車しか見えませんでした。

この時期、車で長距離で移動する方も多いでしょうが、時間に余裕を持って出発した方が良さそうです。今日も札幌は雪が降ったり止んだり。
札幌はコピペをしたような人々ばかりで、さっかすれ違った人と何度もすれ違った錯覚を覚えました。
ちょっとお洒落そうな服が陳列されているお店の中には中国語を話す方々ばかり。それも、黒縁のメタルフレームの眼鏡をした人ばかり。

この街を歩いている人びとは、3Dプリンターで大量生産されたのではないかと思ってしまいました。

さて、フェルメールを見て帰りましょ。


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私は旅して、大都市のホテルの部屋に滞在し、孤独になることが好きだ。
小さな街でのいろいろなことから逃れて、何百万人・何千万人が住んでいる街のほんの一角にあるホテルの一室にいると、全てを忘れて、考えるのは自分のことだけになる。

独身時代はずっとそうだった。いや、それしかなかった。

この歳なって、このような孤独は、若い時に、函館から札幌に出て独り暮らしを始めて感じた孤独感とは違う。
大きな街に行くと、自分はその中のとても小さな存在でしかなく、それがとても心地良く思える。

そして、ひとりよがりに、この街で自分が何かできないかを考えてしまう。それには、もっと、本当の孤独感を持たなければならないのでないかと、頭のどこかで提案する。でも、もう一方からはここは遊びに来る街、それだけで充分だろう、と戒めている自分もある。
そんなことを考えながら、酒を飲みながら夜景を見ていると、とてもとても小さな人間なのだと再び考えてしまう。

さあ、答なんか今すぐ出ないのだから、鮭の酔いを借りてもう眠ってしまおう。朝には、素敵なホテルの素敵な朝食が待っている。

ただ、それだけでいいんだ。



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