<   2011年 05月 ( 31 )   > この月の画像一覧

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本日は、以前取材で撮影した「ティーショップ夕日」で公開していなかった写真を一挙掲載します。これから夕陽がより美しくなる季節です。この周辺から見る夕暮れは素晴しいですよ。
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観光客の方々にも喜んでいただける場所であると思います。

観光客といえば、観光シーズンに突入した函館にとって、とても残念な記事が相互リンクしている方のブログに掲載されていました。本当に何を考えているのかわからない、非常識極まりない行為をした函館のタクシーの話です。
函館市民として、かばおうにもかばえない愚行です。ちょっとしたことでも街の印象が大きく変わってしまうのは、人間の普通の心理です。どうして「よく来てくれましたね」という感謝の心で対応できないのでしょうかね。別に函館を侵略しに来ているわけでないし、その逆に函館でお金を使っていただいている方々なのに。幼稚であるとしか思えません。
その記事は → 「信じられない対応」(函館食道楽)

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弁天町の倉庫。

私にしては珍しい話題に触れよう。食品と食品添加物についてだ。

ある時、若い人に「カビの生えないパンと、カビの生えるパンのどっちがいいパンだろう」という質問をした。するとその者は、「カビの生えないパン」とすぐさま答えた。
やっぱりか、と思った。確かにカビが生えたら食べれない。長時間カビが生えず、普通の状態であるのがよく思えるだろう。ところが、ご年配の人は違う答を出す。

「カビの生えないパンなんか怖くて食べれない」

もっともだと思う。普通に作っていたら、パンの持つ成分と湿度で黙っていてもカビが生えるのが当然だ。自然な出来事なのだ。自然な現象が自然でなくなってしまっている方が怖い。

味の素のマヨネーズに「ピュア・セレクト」というものがある。この商品のキャッチが「とれて3日以内の国産新鮮たまごを使用」となっているのだが、これをわざわざ記載しているということは、その他のマヨネーズは、いったいとれて何日経った卵を使用しているのだろうか?とても不安になってしまう。
だいたい、いくら密封しているとはいえ、どうして腐りやすい卵の入っているマヨネーズが、常温で長期間保管できるのか、食品成分に無知な私には不思議でたまらない。卵を2~3日放って置くととんでもない悪臭がするはずなのに、なぜなのだろうか?

極めつけは、昔(今から10数年前)のことだが、ある薬品会社の幹部社員から聞いた話だ。
その会社の商品には食品添加物用の薬品も販売しているとのことだったが、ある食品添加物は恐ろしいとのことだった。
それは、原液では劇薬に指定されており、ほんの一滴指につけて舐めただけで死に至るというものらしいのだが、それがあるものに使用されているという。
あるものとは、寿司のネタや刺身等の、要は生魚の身に使用し、1万倍だったか10万倍に薄めてその薬品をスプレー状で噴霧すると、身が輝き見た目の鮮度は失われないという。というか、多少へたって来た魚でも、その薬品(別名、食品添加物)を使用することによって、新鮮な魚の身に(見えるように)甦るというのだ。

賢明な読者はそれがどこで使用されるかすぐにわかったかと思う。そう、寿司屋である。店が終わり、残ったネタにそれを噴霧すると、次の日も使用できるらしい。また次の日も残ったとしても同じように処理すると、見た目では新鮮なままであるらしい。
もちろん、先ほどの程度まで薄めると、安全基準以内におさまり、即座に健康被害には及ばないらしいので、どうぞ誤解しないでいただきたい。だが、その「毒素」は体内で吸収されると、体外には決して排出されずにどんどん蓄積される性質のようだ。1回ではほんの微量だが、蓄積された量によっては健康に害を及ぼすこともあるそうだ。

ちなみに、その幹部社員はそのことを知っているため、寿司は寿司屋で食べない、と言っていた。再度言うが、決して風評被害を起こそうと思っているわけではなく、通常の使用ではすぐ害になるというわけではないので、どうか誤解してほしくない。何でも科学物質に頼り過ぎるのはどうなのか、ということだ。もちろんこの話は10数年前の話なので、今ではもう使用されていないのかもしれない。だが、少なくともその時までは、「それ」を使用している店があったのは、どうやら本当らしい。

この話を読み、何かに似ていると思わなかっただろうか?そう、原子力発電だ。便利なものとは常にそれと同等かそれ以上のリスクを伴うものだ。まして、自然界にないものは空恐ろしい。それでも人間は便利を優先する。「人間よ、自然に還れ」などと無茶なことは言わない。だが、「人間よ、自然に対し謙虚であれ」とだけは言いたい。


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ベイエリアの向こうには緑の島があり、その向こうには西埠頭があり、その先にはどっくがある。

ベイには湾岸作業員がいる。そういえば、函館の珈琲の歴史の凄いところは、明治時代に普及し始めた珈琲が、湾岸作業員の朝の気付用の飲物となっていたことだ。そういうところに函館の文化の奥深さを感じてしまう。

みなさんも、この辺りで珈琲を飲んでいた、粋な湾岸作業員の男たちのことを想像してみて下さい。


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ホテルニューハコダテ横に設置されているベンチ。朽ちた木部やコンクリートが寂しさを増幅している。

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このフラッグも現在は汚れてボロボロになっている。その写真を撮ろうとしたが、出来上がった画像を見るのが辛く、やめた。これは2009年9月の撮影のものだ。

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末広町の昭和初期までの銀行街の雰囲気そのままの風景の代表格であり、函館を旅する者の憧れのひとつであった。これも2009年6月撮影。

あくまで噂であり、登記簿(現在は全部事項証明書と改称している)を調べたわけではないが、閉鎖時点の所有者から変わっているとの話もある。古稀庵も新たな所有者となった。また、ホテルシーボーンも沈黙したままだ。

単に観光客が減少した影響を受けただけなのだろうか?それとも「旅」そのものが変わったのだろうか?5月の西部地区は、ベイエリアだけが賑やかで元町方面の人の姿はまばらです。
建物の希少性・重要性だけではなく、ホテルニューハコダテの今後の変化は、函館のこれからの変化を代表するものになるかもしれない。確かな根拠はないが、それほどこの建物はシンボル的なものであることは確かだ。


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弁天町某所。この周辺には知られていない空間がたくさんある。正確に言うと、知られていないのではなく、忘れ去られているだけだ。
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知ってしまえば、面白くてはまってしまうのが弁天町です。



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定番!金森倉庫と函館山。

函館はつくづく得な街だと思う。きっかけはどうあれ、函館に来た方が函館を愛してしまうからだ。これだけ高齢者の人口比率が高く、被生活保護割合が高く、地元企業の賃金が低く、優秀な人材の流出数が高ければ、都市はパンクしてもおかしくはないはずだ。それでもまだ何とか街は動いている。

函館を救っているのはやはり観光客であろう。観光客は函館の宿泊施設に泊まり、函館で食べ、遊び、いつしか愛してしまう方が、その中にはいる。その方々のうちの一部が函館に移住してくる。年齢的には若くはないが、パワーが違う。移住者をサポートしている担当者が言っていた。「いいですか、ずっと住んでいた街を引き払ってわざわざ移住してくるんですよ。パワーがなければそんなことできませんよ」と。なるほどその通りだ。

そんなパワーのある方が引っ越してきたら、それはもう、函館市内でも活発に動く。地元民が億劫がってやらないことも、苦にもせず積極的に取り組む。そして、新しい風を市内に吹かせてくれる。
こういう方々がいるから、函館はまだ救われている。そうでなければ、とっくの昔に室蘭のように街のほとんどが寂れてしまっていただろう。

函館は開港によって発生した貿易と北洋漁業の拠点として発展した。そして、その流れを拡大させたのが、当時本州から来た者たちだった。その者たちは函館での成功によって、豪奢な建物を競い合うように建て、それが現在の函館の「異国情緒」を演出している。
その異国情緒の街並に憧れて観光客がやって来て、一部が移住する。移住して来た者は、その溢れるパワーで函館をより魅力的にする。そしてまた観光客がやって来る。その繰り返しだ。

つまり、函館は外来者によって街の衰退をかろうじて鈍化させている。元を辿れば、函館が愛されているからだ。
何と幸せな街であろうか。
それに対して従来からの函館市民は何ができるのだろうか?昨日、ある人が、美原・石川方面が函館の中心だと私に話した。けっこうな年配の方だった。その方は「愛されボケ」をしているのだろうと思った。
もし、観光地を捨てて、美原・石川の機能だけで函館を回そうとしたら、一気に衰退は物凄いスピードで進むであろう。それを内外の人間がいくら言ってもわからないのは、やはり「愛されボケ」をしているからに相違ない。


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元町公園にあるブロンズ像

これは先日撮影した元町公園にある、安藤泉氏作の「大地と海と僕たちと」という幾つかの像を集合させてひとつの作品としたものの一部である。この作品の中には、私が好きで勝手に命名した「港を見つめる少女」もある。

さて、写真をよくご覧いただきたい。少年の目から、まるで涙が流れているような印がある。これと同じ像を今年1月にも撮影したが、その時の写真と比べていただきたい。下がその写真だ。
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全体的に引いて撮っているのでわかり辛いかもしれないが、その時はこのような目からの一筋の白っぽい模様はなかった。もしあったら、写真とは別に記憶に残っているはずである。いくら記憶力が頼りなくなってきた私でもそのくらいは憶えているだろう。

つまり、1月から5月の間にこの「涙」は流されたことになる。この間にあったことといえば・・・・言わなくともわかると思うが、東日本大震災である。少年は、多くの犠牲者を出した悲しい出来事に泣いたのであろう。
もちろん、物理的に調べたら原因はわかるだろうが、私はそう思いたい。


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市電「函館どっく前」電停隣に児童公園がある。私が子供の頃からある公園だ。この公園の厳島神社側に、上の写真の石標が建っている。
これは、地元民においても馴染みのないものだ。それもそのはず、建立されたのが昨年11月、つまり半年前だったからだ。
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この標を建てた方々は「函館歴史顕彰会」であり、その中には、函館の歴史書を多数発刊している称名寺の住職、須藤隆仙氏の名が連なっている。
そして、標の裏側にはこんな文字が彫られている。
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「箱館戦争のとき、旧幕府軍の一隊として、ここにあった弁天台場を守っていた新撰組百余名は、明治二年(一八六九)新政府軍の猛攻撃で、五月十五日に降伏した。ここが最後の地である。」

ここで誰もが疑問を持つに違いない。「ここにあった弁天台場」となっている所だ。弁天台場跡の標がどっく正門前にあるのはご存知のことだろう。どうして2箇所も標が?と思ってしまう。
そこで調べてみると、簡単に言えば、児童公園前は台場の入口附近の場所にあり、どっく正門前は台場の中心部に位置するようだ。だからどちらも間違いではない。児童公園前にはちゃんと説明版もある。だから、ここが新撰組の最後の地だとしても不思議ではなくなる。

これは物凄いことなのだ。全国には数え切れないほどの新撰組ファンがいる。その方々は当然新撰組の結末にも感心があるはずだ。そんな重要な場所を曖昧にしておくのは、函館ならではの歴史に対する粗雑な扱い以外の何物でもない。
日本の歴史の中で、最も大きな流れが変わった幕末の物語の結末を飾るものが、この函館には山ほどあるのに、なかなかそれを大切にしようとしない。本当に残念だ。

明日15日は新撰組が事実上の解体を余儀なくされて142年目になる。つまり、江戸幕府が「本当に」倒れて142年経ったことになる。


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チャチャ登り

函館に戻り住み1年8ヶ月が過ぎた。もうストレンジャーではなく、市民として住んでいるつもりだ。この期間、仕事上でもプライベートでもかなり多くの人と話した。
プライベートでの会話は、楽しく話すのが元々好きであるので、相手も気楽になれるように努めて話しているせいもあり、また自分もリラックスしているので心地良い時間を過ごすことができている。だが、仕事で知り合う方々との関係で、どうしてなのだろうと首を傾げることがしばしばある。

仕事上で知り合うということは、営業と客という関係での出会い方だ。つまり利害で成り立っている関係である。この点に関して、今私は大きく考え方を変えなければならない必要性に迫られている。
どういうことかというと、今までで学んだ「仕事がスムーズに進む接客方法」が通用しないからだ。

例えば、道内他地域では、必要な時に必要な接触を行い、次の約束をしたら互いにそれを遵守するという関係で商談を進めることができた。もちろん全部が商談成立するわけではなく、他社で決められることもある。それは仕方のないことだ。自分の交渉が悪ければ反省しなければならないし、先方のニーズがどうしても合わなければ諦めざるをえないこともある。この失敗を繰り返し、学び、時とともにより多くの顧客に対応できるようになって成約率も高くなっていく。
そんな具合でやってきた。お陰でそれなりの売上も達成することができた。

ところが、函館はそれが通用しない。約束をしてもそれが守られないことが多くある。
例えば、今度の金曜日に電話します、それで都合のいい時間を確認してお伺いしてもよろしいでしょうか?と、問い、先方からOKをいただいたら、こちらはその約束を遵守して、当日に電話をする。ところが何度電話をしても出ないのだ。それも携帯電話でもだ。こんなケースが驚くほど他地域より多くある。

気が変わったとか、やっぱり話を進めたくない、私が嫌いだ、あるいは能力がないから期待できない等の理由があるのなら、堂々と電話に出てその旨を話せばいいのに、なぜか電話に出ない人が多い。
他地域ではレアなケースだ。約束をしていないなら別だが、約束をしているのにどうしてなのだろうか?考えてみた。

函館は「しがらみ」が多い街である。人の目や声を気にする人も多い。鬱陶しいと思ってもこなさなければならない人間関係が多数存在する。本当はそんな面倒なことから逃避したいのだが、だからといってまともにそんなことを相手には言えない。人間、そんな抑圧があればどこかでそれを実現しようと無意識で考える。それができるのは関係性が脆弱で、立場的に優位に立てる「客」という立場だ。それゆえに無視をする、という場合と、逆にしがらみの多い中で、堂々と言葉で断ることができないから電話に出ないという場合だ。

いずれにしても、対人関係においては「いい顔をしたいから」断ることができなかったり、その反動の無視をしたりすると推測される。
売れている営業はこれを逆に利用する。もっとも有効にその力を発揮するのが、何度も登場した「しがらみ」だ。しがらみの営業は自分の対面を守ろうとする人には有効だ。しがらみといっても、実際にその関係でなくともいい。しがらみに弱い心理体質を利用するだけでいいのだ。函館ではこれでけっこう売れているようだ。純粋に商品やサービスを比較して、自分にとっての利益がどれだけあるかなどで判断するわけではない。

この体質は、より良い商品やサービスを誕生させない。利害関係のある相手との良好な付き合いを重んじているだけで商売が成り立つのであれば、商品・サービスの向上の必要性はなくなる。逆に言えば、しがらみ(ないし、しがらみ心理体質の利用)を上手くやれば、質が悪くても売れるのだ。
「顔を知っている相手」だけに通用する手法だ。だが、これは全国では通用しない。商品・サービスが良くなければ、しがらみのない人には受け入れてもらえない。函館にはこの視点を持たず、ずっと市内だけでちょっと規模が大きくなったらそこで満足してしまう企業が過去にも現在にも嫌というほど存在している。それに気付いている者も多いかもしれない。しかし、目に見えない未知のユーザーよりも、普段顔をあわせる者だけを大切にする気質を改善しない限り、函館から大企業は決して生まれたりしないであろう。なぜなら、函館以外では、しがらみ営業は通用しないからである。

もちろん大企業があれば単純にいいというわけではない。中小で地道に長くやっているところも好感を持てる。だが、残念なことに、本州や札幌から企業・店舗が進出してくると、体力や能力で劣る地元企業はあっさりと白旗をあげなければならなくなる。
一例をあげよう。私が以前住んでいた新潟県には、県内発祥の「ムサシ」(社名、アークランドサカモト)とコメリという巨大ホームセンターが2社もしのぎを削っている。両社とも東証一部上場企業だ。この2社の圧倒的商品提供力によって、関西などからホームセンターが進出しても、地元民からすると、「そんなのあった?」という程度の認知度しか持たれなくなってしまっている。
札幌から関東附近まで進出を果たしているホーマックも、隣の山形県までで進出を止めている。新潟県には進出していない。結果がはっきり見えているからだ。そのくらい両社は巨大であるし、客として訪れても、両センターとも甲乙付けがたい魅力を感じてしまう。北海道に戻ってきて、道内のホームセンターには今でも物足りなさを感じてしまうのは、この2つを知ってしまっているからだと思う。

最初の話からは大きく外れてきたように思うかもしれないが、ちゃんと関連性はある。企業を作り運営するのは地元民であり、その地域環境も企業を育てる上で重要なファクターとなる。函館市民がしがらみや顔を知っている者にだけ好対応するという習慣や強迫観念から脱出できたなら、そこから違う世界が見えてきて、そのうち大企業が誕生するかもしれない。結果的にそれは地元の経済を守ることでもあるのだが。



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