<   2013年 01月 ( 30 )   > この月の画像一覧

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1月10日はこのブログの誕生日だった。3年前の同日に開始した。この3年間のことをあーでもないこーでもないと書こうかと思ったら、夜に知人に呼び出され、自分の誕生日だから祝え、とのことである店に行った。

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ということで帰宅が遅くなり、しっかりとは書けなくなった。
知人とは高校時代の同期生のことであるが、吉田美奈子が好きだということで、店にあった彼女のライブDVDがずっと流れていた。

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ということで、ブログの誕生日はそんなふうにして終わった。


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夜な夜な、こんな写真を撮っている怪しい男を見たら気を付けてください。

その男は危険です。


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近年、高校の同期生との交流が増えた。とても不思議なことだが、高校時代あまり話をしなかった人でも、何となく同じ学校の同じ学年で一緒だったということだけで、ホッとする。
きっと他のメンバーもそうなんだろうな。

正月に同期生の一人の家に集まり、楽しく飲んだ。ひとつのテーブルを囲んでワイワイやるのが、まるで高校時代に誰かの部屋に集まってこっそりと酒を飲むような共犯意識(笑)に似た連帯感を感じた。

誰でもそう思うだろうが、ずっと一緒にいると、ただ顔が老けただけで、精神年齢は変わっていないように思えてくる(本当にそうかもしれないが)

みんな、それぞれの道を歩んできた。仕事や生活に精一杯で、同期生のことなど完全に忘れてしまった時もあっただろう。だが、まるで母親の胸に抱かれるために両手を広げて歩む子供のように、心安らぐために函館に戻ってきた。

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ホームパーティーが終わると、別の同期生に会うために、ある店に行った。そこでけっこう遅くまで飲んだ。
高校2年3年と同じクラスで、何度席替えをしても、かならず隣同士になった(というより、なるようにした)。

彼とは音楽も一緒にやっていた。色々話を聞くと、ボーカルからバックコーラス、バック演奏すべてを自分でやったCDを何年か前に作ったそうだ。そして、その店にあった彼のCDを聴いた。
彼のいいところは変わっていなかった。

昨日彼からメールが来た。会えてよかった、生き返った、と書いてあった。
CD送ってくれたらブログなどで紹介するよ、と返した。
そして、彼からの返信メールが来た。「35年以上も応援してくれてありがとう」

メールだからこそ書いた言葉だろう。顔を合わせたらまず言わないだろう(笑)

友よ
みんな、沖の荒波にもまれながらずっと生きて来ただろうが、港に辿り着けば静かな海と優しい人々が待っている。
君たちにとっての函館はそんな場所であるはずだ。


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カナダから帰国した知人からいただいた、電子レンジで作るポップコーンを恐る恐る作ってみた。なぜならパッケージに印字されている説明文が英語とフランス語で、かつ書かれている内容が日本向けではなかったからだ。
所々読解できる英語の文章には、Microwaveのfullpowerで2分半でできると書かれていた。だが、ここで疑問。電子レンジの電子レンジ機能で本当にいいのか。ひょっとしたらオーブン機能を利用しなければならないのではないか?2分半でできるのは何ワットで作動させた時のことか?
我が家の電子オーブンレンジは500Wである。このフルパワーで本当に2分半でできるのだろうか?

そのため恐る恐る、レンジに入れ、電子レンジ機能で2分半かけてみた。そして結果は。
最初平らだったパッケージがほんの少し膨らんだだけであった。ポップコーン独特のポンポンと弾ける音はわずかであった。
そして、次に1分追加した。すると先ほどより少し弾ける音が多くなった。だが、何となく頼りなかった。そこで、今度は30秒毎追加して、音が止むまでそれを繰り返した。
結局音がしなくなったのは、合計で8分くらいの時だった。ということは、説明にあった電子レンジのフルパワーとは1500wのレンジでのことだと理解した。

そんな文化の違いを感じながらも出来上がったポップコーンが下の写真だ。

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そして早速食べてみる。バターの香りが食欲をそそる。何につけ出来たての温かさがたまらない。そして、おもむろに缶ビールを開け、その両方を口にしながらこのブログを書き始めた。

だがポップコーンは既にない。アッという間に私の胃袋に消えた。今は、残ったビールをチビチビ飲みながら書いている次第だ。

パッケージには、アメリカ製でカナダの会社がimport したものだと記載されているので、きっとアメリカでも売っているのだろうと想像した。

先ほどテレビでは、安倍首相の12兆円の補正予算を称賛するエコノミストの話が流れていた。海外では国債増発への懸念も報道されていたが、そのエコノミストは日本経済の好転を盛んに主張していた。自民党の回し者ではないかと疑ってしまうほどの褒め方だった。

だが、私は決して忘れない。「清く、貧しく、美しく」という日本独特の国民性を一変させたバブルを作ったのは自民党だ。アメリカに「Japan as No.1」とチヤホヤされ、いい気になってアメリカの言うとおりにバブルを作り、その後奈落の底に陥れ、数多くの自殺者を出したのが自民党だ。それに飽きたらず、小泉首相時には貧富の差を大きくつけ、国民全体を鬱状態にさせたのも自民党だ。

今後エコノミストたちが産業的経済指標でどんなに好転したと言っても、日銀が言っても、私は自分の手元に来るお金が変わるまではそれらを信じない。また、国全体の経済の健全性への変化を見せなければ信じない。国債という麻薬で、公共事業という次なる麻薬を与える政策を、はいそうですか、と素直に認めたくはない。

バブル崩壊後のこの25年間、どれだけの自殺者を日本は生産してきたのだろうか。交通事故死者とは比べ物にならないくらいの死者が出ているのだ。その間のほとんどの政権担当は自民党だったのだ。だから、ちょっとやそっとて信じるわけにはいかない。
世界はアメリカと距離を置いて付き合おうとしているのに、回帰するかのようなことばかりしているようでは信じるわけにはいかない。ちょっとだけ考えれば誰にでもわかることだが、経済的に以前ほどの威光がないアメリカがアジアに目をつけ、自国の商品を売りつけようとしているのがTPPだ。

軍事よりも先に「独立」しなければならないのが経済だ。アメリカに振り回されない国内社会を作ることができ、健全な経済の中で国民の「実収入」が増加できたなら、自民党を見直すだろう。
それはバブルの清算という意味合いもある。やっと自分のけつを自分で拭くという意味合いもある。
つまり、それらを行って初めて責任をとったというレベルであって、称賛とは決して言えないということだ。


そんなことを、アメリカ製のポップコーンを食べながら思った。



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だいぶ前にも一度書いたことがあるが、けっこう私は軽く見られる。本人としては相手に話しやすいように、人間同士の「緊張関係」を作らないようにしているだけなのだが、そのおかげでたまに馬鹿にしたような態度をみせる人がいる。
それは特に若い人に多い。また、「偉そうな態度をとらなければ馬鹿にされるのでは」と思い込んでいるだろう、という人にもだ。

だが、このような態度をとる人にとっての「社会」はたいてい狭い。まぁ、そのような見方しかできないのはある意味可哀想に思えてくるから、ほとんどの場合黙っている。

なぜなら、人を馬鹿にしたがる人は、人間的に幼稚であるからだ。子供にとっての社会は狭い。だから狭義の価値判断しかできない。また、その狭い社会から脱しようとはしない。
その狭い世界の中で、自己の正当化を図ろうとすると、誰かを馬鹿にしなければならなくなる。平たく言うと、「こんな奴たいしたことない」と思わなければ、自己を支えられない人だということだ。

ところが、人を馬鹿にしない人は相手の良さを見つけようとする。どんな人間にでも学ぶ部分があることを知っているからだ。自分の子供のような若い人間でも、学ぶものはあるはずだ。そのような目で相手を見る。

ことあるごとに本ブログに書いてきたが、社会で成功している人は皆謙虚だ。一時的な成功ですぐ「私はこれで自分の会社を急成長させた」みたいな本を書くタイプの人は、狭い社会しか知らない人だと思う。

小さなグループ社会を脱して地域社会を知ると、自分の小ささを知る。地域社会を脱して日本を知ると、また自分の小ささを知る。日本を脱して世界を見ると、より自分の小ささを知ることになる。知れば知るほど、人を馬鹿にできなくなる。
なぜなら、自分よりも素晴らしい人間がいることを(概念ではなく、体験として)知ったら、自分なんてまだまだと思えるからだ。そして、自分の小ささを受け入れることができたら、謙虚になって学ぼうとするのだ。

ところが、自分の小ささを受け入れたくない、そのような機会を作ることを恐れている人は、誰かを馬鹿にして、自己の安定化を画策してしまう。
例えば、極端な話、「自分以外はみんな馬鹿だ」と思ったら、それと同時に「完璧な愛すべき自分」という幻想を持つことに成功する。人を馬鹿にするということは、それを特定の誰かにあてはめたいという願望にしかすぎない。

子供は誰かを馬鹿にしたがる傾向にある。自分は万能だと錯覚しているからだ。なぜ万能だと思えるのか?答は簡単だ。親さえちゃんと食事を与えていれば、ただそれだけで生きていけるからだ。私たちのようにあくせくしながら働かなくても生きているからだ。

つまり、認識している社会が狭く、幼稚な万能幻想を持っている人間ほど人を馬鹿にしたがるということだ。そのような人は、相手を否定することに精一杯で、人間個々が持っているその人の良さを知る機会を失う可哀想な人だと思う。

さて、あなたの周りにそのような人がどれだけいるだろうか。それともあなた自身もそうなのか。それとも私もそうなのか。もし、誰かを馬鹿にしたくなったら、その時の自分は「人を馬鹿にしなければならないほど窮している」と思ってもまず間違いはないと思う。



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Bob Dylanの「Like a rolling stone」は1965年に発表され、全米チャート2位まで上り詰めた曲だ。その時の1位がBeatlesの「Help!」であったことを考えると、大ヒットと言って間違いない曲だ。おまけに、当時のシングル曲の演奏が3分台が主流であったことを考えると、6分にも及ぶこの曲がヒットチャート2位になったことは異例中の異例であっただろう。

それほどの衝撃がこの曲にはあったのだ

この頃、Bob DylanとBeatlesは交流があった。それ以前までアコースティックギター1本で演奏していたDylanにとってBeatlesのロックサウンドは大きな刺激を与えた。そして、BeatlesはDylanの詞を聴き、「自分たちの歌詞は子供のようだ(John Lennon)」と刺激を受けた。

その曲を聴いてみよう。下の訳詞は、壺齋散人さんのものを拝借した。



  きれいに着飾ってたときもあった
  宿無しに銭をくれてやったこともあった そうだね
  みんなはいった お嬢さんそんなことするもんじゃない
  だけど君は相手にしなかったね
  君は高笑いをしながら
  周りのものを笑い飛ばした
  だけど今は違う
  君は誇りを忘れたように
  食べ物の算段をしながら暮らしてる

  どんな気持ちだい
  どんな気持ちだい
  宿無しの境遇は
  誰にも相手にされず
  ライク・ア・ローリング・ストーン

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  ちゃんとしたハイスクールを出たんだ そうだね
  でもそこでは何も学ぶことがなかった
  誰も路上生活のこつなど教えてくれなかった
  いまじゃ自分でそのこつをつかまなけりゃ
  君は言ったね 変な男なんかは
  絶対相手にしないって だけど
  男は君に近づいてくる
  君は男のうつろな目を覗き込みながら
  あたしとやりたいのって聞くはめになるんだ

  どんな感じだい
  どんな感じだい
  一人で生きるって
  帰る家もなく
  誰にも相手にされず
  ライク・ア・ローリング・ストーン

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  周りを見渡してみろよ 男たちはみな不機嫌な顔だ
  あいつらが君のところに近づいてくるとき
  そんなときにあいつらを足蹴にしてはいけない
  そんなことをしては生きてはいけない
  君はこぎれいな男と馬に乗ったこともあった
  その男は背中にシャムネコをかついでいた
  君にとってはつらいかもしれない
  そんな男とはもう縁がないのだから

  どんな感じだい
  どんな感じだい
  一人で生きるって
  帰る家もなく
  誰にも相手にされず
  ライク・ア・ローリング・ストーン

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  塔の上のプリンセスも世間の人々も
  みなそれぞれ満ち足りた暮らしをしてる
  互いにすてきな贈り物を贈りあったり
  でも君にはほかに何もないから 指輪を質屋に入れろよ
  君は仲良くしてたじゃないか
  ぼろをまとったナポレオンというやつと
  あいつのところへ行けよ 呼んでるぞ
  君は何も持ってないから 失うものもない
  君は誰にも見えない 隠すような秘密もない

  どんな感じだい
  どんな感じだい
  一人で生きるって
  帰る家もなく
  誰にも相手にされず
  ライク・ア・ローリング・ストーン

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この曲は「復讐の歌」とも呼ばれた。先日ご紹介した「Ballad of athin man」にも通じる部分がある。

私はこの曲を大音量のバック演奏の中でシャウトして歌いたいとう願望を持っている。そう、私も復讐したいのだ。誰に?特定の誰かにではない。Mr.Jones にだろう(笑)

そう、函館のMr.Jones に対してだ。日本のMr.Jones に対してだ。世界のMr.Jones に対してだ。
だが、それは攻撃ではない。



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まず最初に、札幌と函館・苫小牧の3市の市民所得を比べてみる。いずれも平成20年の数字で、札幌は約248万円、函館は約249万円、苫小牧は260万円となっている。これは産業上での数字だが、市民の実収入という点でみると、3市に居住経験のある筆者の感覚では、札幌→苫小牧→函館となる。

ところが、土地の価格となるととんでもない結果が出る。各市の高級住宅街と呼ばれている地域の土地坪単価は、札幌30万円~50万円、函館20万円~25万円、苫小牧10万円とびっくりするような格差がある。3市の中で、おそらく最も実収入が低いであろう函館が、札幌の地価に近いのだ。

そんな現状をふまえて、函館の土地についての伝説を取り上げよう。


★函館に大地主ができる一因となったのが一般個人向けの不動産融資がなかったからだが、そのため、土地が不要になったり資金に窮したものは、現金で買ってくれる「名士」に自分の土地を買ってもらっていたようだ。そして、大地主が誕生した。

★函館で財を成した者の子孫はこう言う。「先祖が頑張って働いて稼いだ金で買った土地なのだから大切に残していかなければならない」だが、その先祖も、雇用した市民の労働力によって収入を支えられたのではないだろうか?

★元来、山の麓は地盤がいい。だから函館に限らず、高級住宅街は山の麓にあることが多い。元町はある意味、なるべくしてなった高級住宅街。

★ある大地主一族は、飲食店などに行くと、訊いてもいないのに自らの姓を名乗るらしい。

★ある大地主は、貸している土地の再測量の結果、土地の面積がもっと大きかったと称して地代を上げようとしたらしい。ところが、借主の猛反発もあったせいか、土地の更生登記をする様子もみせていない。地積更生登記(測量結果と登記簿上の面積に一定以上の差異があった場合に行うもの)をやるには、土地家屋調査士へ支払わなければならない報酬額も相当であるし、登記するための書類手続きもかなり面倒だ。登記できない以上公的証明を受けることができないのだから、説得力に欠けると判断したのだろうか。

★ある時、大手デベロッパーがマンション建設のために購入した市内の土地が、周辺住民の反対により最終的に当時の市長が建築許可を下さない決断をした。ところがその後、その市長の親族の不祥事が発覚した。その親族は、ある会社が地道に地権者を回ってまとめ上げていた大規模造成予定地を、横から入り自分のものにした会社の重役であった。みんな叩けば埃が出る。

★明治時代の金持ちは、今の西部地区から五稜郭くらいまでの土地を買った。大正・昭和になると新たな金持ちは柏木町などの土地を買った。

★ある大地主系列の企業に就任した社長(外部からの)が一族に最初に言われた言葉が、「あなたの仕事は一族の財産を守ることです」だったらしい。



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鉛筆を握りながら
君は部屋に入る
そこには裸の者がいる
君は「あの男は誰だ?」と言う
君は一生懸命考えるが
家に帰ったとき自分が
何を言うかがわからない

なぜなら、何かがここで起こっているというのに
それが何かわからない
そうだろ、ジョーンズ君



君は頭を上げて、訊ねる
「これが、それのある場所か」と
そして誰かが君を指さして言う
「それは彼のものだ」
そして君は言う「何が私のものなのだ?」
別の誰かが言う「どこに何があるのだ」
そして君は言う「ああ何てことだ
私はここにひとりぼっちなのか?」

なぜなら、何かがここで起こっているというのに
それが何かわからない
そうだろ、ジョーンズ君

君はチケットを渡し
見世物を観にゆく
彼は君の話し声を聞くと
すぐに歩み寄り、こう言う
「こんな怪物になってみるのはどうかい?」
「あり得ない」と答える君に
彼は骨を手渡す

なぜなら、何かがここで起こっているというのに
それが何かわからない
そうだろ、ジョーンズ君

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君は木こりと
連絡を密にしていて
だれかが君の想像を襲撃したとき
君に真実を伝えてくれる
だが、だれも尊敬を払っていない
とにかく彼らは君が小切手を
税控除の慈善団体へと
寄付することを期待している

君は教授たちといっしょだった
彼らはみな君の容姿に感心した
偉大な弁護士たちと君は
ハンセン病患者や犯罪者について語った
フィッツジェラルドのすべての作品に通じている
君が博学だということは
よく知られているさ

なぜなら、何かがここで起こっているというのに
それが何かわからない
そうだろ、ジョーンズ君

さて剣を飲み込む男は君に近づき
そして跪く
彼は十字を切り
ハイヒールをカチリといわせる
そして君に予告なしに
気分はどうかと尋ねる
彼は言う「喉を返してやるよ
借金のおかげだよ」

なぜなら、何かがここで起こっているというのに
それが何かわからない
そうだろ、ジョーンズ君

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さて君は、片目の小人が
「今だ」と叫んでいる姿に出会う
そして君は「何のために?」と言う
そして彼は「いかにして?」と言う
そして君は「どういう意味なのだ?」と言う
そして彼は叫び返す「この牝牛め
ミルクをくれよ
さもなければ帰れ!」

さあ君は部屋に入る
まるでラクダのように、それから眉をひそめ
ポケットに目をやる
そして、鼻を地面につける
君がぶらりとやってくるのを禁止する
法律がきっとあるはずだ
君はイヤホンを
取り付けられるべきなのだ

なぜなら、何かがここで起こっているというのに
それが何かわからない
そうだろ、ジョーンズ君

(訳詞/ストロベリーフィールズ翻訳日記より拝借しました)

Mr. Jones は、「世間の人々」という意味もあるそうです。



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みなさま、あけましておめでとうございます。

この「あけまして、おめでとう」という言葉、けっこう好きです。大晦日をひとつの区切りとして、また新しい年を迎えることができたことをお互いに喜ぶ。
「何はともあれ、みなさん新しい年を迎えることができて良かったよね」という意味で捉えています。

英語では「A Happy New Year」ですが、その言葉に含まれている意味がちょっと違うような気がしています。そういう意味で、日本のこの挨拶はいいなぁと毎年感じています。

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本日の写真は、今朝撮ったものではありません。2009年のある日の朝に撮影したものてす。冒頭の写真は、このブログを始めた最初の回に使用したもので、これらは唯一ポジフィルムで撮影された写真です。デジタルのRAW画像とは違った感じでクリアな画像となっています。

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さて、みなさんにとっての2012年はどんな年だったでしょうか?
私は、新しい出会いと絶望が入り混じった年でした。詳しく書くと、新年早々かなり暗い話題となってしまいますのでそれは控えますが、思い起こせば私の過去の辰年は、いずれも何かにもがいている年であったような気がします。

ちょうどその前の辰年には、生まれて初めての精密検査を受けた年で、3日間に亘っての検査という、まぁ大変なものでしたが、その時病院で見た光景がのちに自分の考えを大きく変えてくれました。
昨年の1年が自分にとってどのような影響を与えた年となったか、それは今はわかりませんが、ともかく新しい年を生きて迎えることができたのはめでたいのだと思います。

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今年は巳年です。蛇は脱皮をすることから「復活と再生」を意味するそうですが、自分にとってもそのような年となればいいと願っています。

蛇と言えば、昔山道を車で走っていたら、前方に枝らしきものが道路に横たわっていたのを発見しました。けっこうスピードが出ていたし細い枝のように見えたためそのまま踏んで通り過ぎてしまえと近づくと、何と枝に見えたのは実は蛇だったのです。
ですがその時はもうすでに遅し、ブレーキも間に合わないため、蛇を轢いて通り過ぎました。そしてバックミラーで後方を確認したら、蛇が1m以上飛び上がっていました。

びっくりしました。蛇があんなに飛び上がるなんて、想像もできませんでした。それほどの衝撃だったのでしょう。
私も轢いてしまったという心の動揺を持ちながら少し走ったのですが、蛇がどうなったのか気にかかりその場に戻ってみたところ、既に蛇は去って姿を確認できませんでした。
人間であれば即死のような状態であるはずなのに、どこかに移動できたなんて信じられませんでした。

まさしく蛇には「復活と再生」できる逞しい力をもっているのではないでしょうか。
轢いてしまったことは今でも罪だと思っていますが、その生命力には驚いてしまった次第です。


そんな巳年、みなさまにとっても自分にとっても逞しく「復活と再生」ができる年でありますように。


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