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昨夜はバル街であった。
いつもの通り「中の人」として「出勤」したので他の店のことはわからないが、お店にいく途中にいくつもの行列がでているお店を発見した。

今回は行列ができているお店が多い、そんな印象を受けた。
天気が良く、気温も上がったせいだろうか?理由はわからないが、ともかく「行列に並んでいても苦痛になる気温」ではなかったようだ。

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中には自動販売機
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そして私は、行列ができていたお店の「中の人」となった。

ちなみに、その中の人となった「ル・コントワール」の定休日が変わるようです。
今までの日曜定休から水曜定休となるようです。




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おいらせを後にして向かったのは八戸だった。

夜、地元の方が案内してくれた居酒屋で食した「ご当地もの」の料理は大満足だった。いちご煮(ウニとアワビのお吸い物)や創作料理など充分すぎるほど堪能した。
そんな素敵なお店を紹介してくれたお礼として、私が直前にネットで調べたバーにその方をお連れした。その店に決めたのは、店内の一部の写真を見て直感でいい店だと感じたからだ。

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直感は的中した。
店に入るとすぐにそれがわかった。おそらくバーテンダーの技術を競う競技で勝ち取ったと思われるトロフィーがいくつも並んでいた。

だが、それは、もし出されたお酒がそうでもなかったら、ちょっといやらしいものに見えかねないのだが、基本中の基本のマティニを私好みの7対3で注文すると、ジンのシャープさとベルモットのまろやかさを見事に両立させた味となって私の舌を包んでくれた。

そして、この店だったら函館ではなかなかお目にかかれない「Ichiro's Malt」があるのでは、と思ったら、やはりあった。それも2種類も。初めて杉の子で「Ichiro's Malt」を飲んだ時の衝撃は大きかった。
「これが国産の味?」
素晴らしすぎた。
Ichiro's Maltの23年ものは国内最高峰の味と称されているのがよくわかる。ブラインド品評会で50万円のモルトを抑えて1位となった酒だ。飲んだ酒はそれではなかったが(というか、どこでそれが飲めるのだろうか?)、味に酔わせてもらった。

一緒にいた方も、とても満足してくれた。おかげで初めての八戸の夜を、最近にない素敵な気持ちのまま過ごすことができた。

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一夜明けてホテルをチェックアウトすると、向かい側にちょっと可愛らしい建物があるのに気付いた。
そしてホテル付近をちょっと歩いただけで、いくつもの古建築物を発見した。

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そうか、八戸は昔商いの街だったのか。すぐにわかった。

観光名所がない街だと言われているそうだが、でも、そこに素敵な人がいて、素敵なお酒を飲めて、素敵な思い出を作れたら、素敵な街を旅したと思えるものだ。

旅は決して名所を巡る行動ではない、と私は思っている。



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ある人が、母親にこう言われたそうだ。
「死ぬまでの間に一度でもいいから、おいらせを観に行ってごらん」

その意味がわかったような気がした。

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ここには「生命」が宿っていると強く感じることができる。

途絶えるのを拒否しようとする生命力、朽ちて行く命、それが別のものに与える命。

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きれいという言葉ではない。それとはちょっと違う。自然という掟の中で生きて行く姿がそこにはある。

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木々たちは、川によってできたわずかな空の隙間に向かって自らの姿を変え、光を求めて行く。

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水もまた変幻自在に姿を変え、光によって空に向かい、また元の姿に戻る。

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それらは共存している。私たちは共存を拒否して生き延びてきた。
どちらが本当の生命力を有しているのだろうか?

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今言えるのは、おいらせではとてつもない生命力を感じた。それだけだ。




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一泊二日の青森旅行から戻ってまいりました。
おいらせに4時間ほど滞在して歩き写真を撮りました。全部で180枚以上撮ったのですが、取り急ぎその中から何枚かお届けします。

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おいらせの私の感想は、例えばどこの川にも見どころとなるような美しい箇所があるのですが、それがずっと続いているという印象でした。

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4時間では足りませんでした。朝から1日がかりで見ないと、その表情を知ることができません。
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今度は弁当持参で朝から撮影散策をしようと心に決めた次第です。




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8月31日午後11時40分、別れを告げる時がついにやって来た。

その前に千鶴子さんからお客さんへの最後のご挨拶があった。

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その後店内に「また逢う日まで」が流れ、店にいた者たちが大合唱した。
そうだ、これで終わるわけではない。まだ続きはあるのだ。だが、これを機に退職することになった成田さんは感極まって目頭を押さえた。

そして、北大水産学部の寮歌なのか何かは忘れたが、アルバイトの方々が合唱した。そうだ、ここのアリバイとは水産学部の学生が歴代務めていた。切っても切れない関係だ。

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すると隣にいた高校の同期生が函館中部高校の校歌を歌い始めた。私の母校でもあり、元子さんの母校でもある。

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今まで何度もシャッターが閉まるまで飲んで元子さんと一緒に帰ったことがあったが、この時はシャッターを閉める場面を見たくなかった。それは私たちにとって永遠に閉じられるシャッターだからだ。

さぁ、杉の子を目に焼き付けよう。

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そしてまた逢う日まで、金粉入りのシャンパンで最後の乾杯だ。

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杉の子物語と言っても、私は語れるほど杉の子に通い詰めたわけではない。
通い始めたのはここ4~5年のことだ。店の長い歴史から見ると、ほんのわずかな期間だ。
だから、世間一般の方々が読んでためになるようなことは書けない。あくまで自分が知り、感じ、思った自分との自分たけの物語を少し話そうと思う。

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杉の子に生まれて初めて行ったのは、中学2年の時(1972年)だったと思う。当時は昼間の営業もしていたようだ。写真上の故泰郎マスターの息子と同級生だった私は、彼と大門で遊んだ(確か映画を観に行ったと記憶している)後に、彼に連れて行かれてこの店に入った。
その時は彼のお母さん(千鶴子大ママ)がカウンターの中におり、青いソーダ水をご馳走してくれた。ちょっと薄暗く、正直言って、子供の来る所ではない(笑)と感じたし、また、この店の素晴らしさを知る由もなかった。ただ、同級生の親が経営している店。そんな存在でしかなかった。

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その千鶴子さんの言葉で今でもはっきり覚えていることがある。
それは、彼の家に遊びに行った時のことだった。今で同級生と映画の話を色々しているうちに、(年齢的にそろそろ関心を持ち始めた)ポルノ映画を観に行こうかという話になった。もちろん大真面目ではなかったが、その会話を聞いた千鶴子さんがこう話した。

「ポルノ?そんなのつまらないから他の映画を観たら?」

衝撃的に素敵な言葉だった。普通の母親であれば、「まだ子供なんだから、そんなの見るんじゃない」と叱るのが定番だったからだ。千鶴子さんに叱りたい気持ちを抑えている雰囲気はなかった。
学校の他の同級生の間では、彼の両親の子供になりたかったという者がけっこういた。私もその気持ちがよくわかった。

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その同級生が生まれた年に杉の子は誕生した。
広く知られていることだが、その年泰郎さんはキャバレー経営に失敗し、1200万円(北海道新聞では1000万円となっていたが、元子さんは1200万円と言っていた)もの借金を抱えていた。今のお金に換算すると何億になるのだろうか。そして、新たな子供が生まれた。

そんな四面楚歌のような状況の中、杉の子をオープンさせた。もちろん貧乏であったはずだ。だから店のマッチのデザインも印刷屋さんに頼むのではなく、千鶴子さんが書物を切り取ってマッチ箱に貼りつけ、その上に手書きで店の名前を書いた。それが冒頭のマッチだ。オープン当初のものということだ。

今では、博物館に飾ってもいいほどの貴重なものだが、当時はそうするしかなかったのだろう。

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泰郎さんと千鶴子さんは、家に行くといつもにこやかに出迎えてくれた。そして彼の部屋で遊んでいると、東京の大学から帰省したお姉さんと時々会った。それが元子さんであった。内心、凄くきれいなお姉さんだなと子供心に思っていた。

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高校を卒業して、私はしばらく函館を離れ杉の子で飲むことはなかった。
しかし、40代後半だったろうか、行こうというきになって一人でいってみたら、千鶴子さんは大喜びをしてくれた。私のことももちろん覚えてくれていた。
それから、千鶴子さんが引退して元子さんが経営者としてカウンターに立ってしばらくしてから私は通うようになった。そこでとても中学生ではわからない杉の子の良さを知った。

それは、父泰郎さんが娘元子さんに教えた言葉がきちんと伝わっていたからだろう。

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昨夜、最後の挨拶をするために駆け付けた千鶴子さんと話した。
「昔は友達の親の店というイメージで見ていたけれど、今では普通に素晴らしいみせだと思っています」
すると千鶴子さんは、「きていただいたお客さんがみんないい方たちばからりだからこうなったんですよ」
私は速に返した。
「いえいえお父さんお母さんがいい方だから人が集まったんですよ。

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函館の夜は、秋とも思えるような風が吹いていた。
季節が変わったのだ。
8月31日で閉店する杉の子に行くまでは、時間を要した。
最後の日に行くべきか行かざるべきか。

でも、行ってしまった。

これは最後の夜のドキュメントである。撮った写真は出し惜しみはしない、皆さんにとっての「杉の子」を深く記憶にとどめていてほしい。

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