<   2018年 09月 ( 15 )   > この月の画像一覧

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今月も最終日になりましたが、またやって来ますね。

9月4日台風通過(函館)、9月5日夜雷があちこちに落ち、9月6日午前3時8分地震、その後まもなく停電。
このブログを読んだ頃にはもう台風が過ぎているかもしれませんが、現在関東地方でも停電があちこち発生しています。
北海道の場合、ブラックアウトの可能性もありますので。どうぞお気を付け下さい。

私は恐怖を感じることのないよう、早く寝ます。
朝起きてたら・・・・暴風圏内か・・・・・





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ずっとずっと前から宣言していた。クラウドファンディングによる資金調達での写真集発行の資金募集の公開ページ作成の作業が、(私にしては)速度を上げて進めるようになってまいりましたる

その主旨や目的などは公開される時に改めて駒場で詳細をご説明させていただきたいと思っていますが。それにしても立案からもう既に4か月以上経ってやっとスタート地点に近くなったのかなという感じであります。
どうしてこのように時間がかかってしまったかと言いますと、(全部言い訳になってしまうのですが)最大のハードルは私の健康状態にありました。日中仕事をしておりますので、その作業をするのは帰宅後か休日となるのですが、どうしてか、夜になると目を開けてもいられないくらいに疲労感が体を襲い、パソコンに向かって文章と写真を組み合わせたクラウドファンディングの公開ページ作成に手を着けるほどの気力が、その時間には残っていませんでした。

また、写真集を作成するための、過去に撮った10万枚を超える写真の中から候補となる写真を選択するのも至難の業でした。ただ地道に地道に時間が空き、体調もまだ大丈夫な時を使ってとりあえず約400枚までに絞り込めるようになって初めて公開ページの作成に着手し始めました。もちろんその作業をするための体調管理をして、小さなパワーですが、それを存分に使えるように体調管理を進めて来た結果でのことです。

ところが、そんな時、地震が襲いました。地震そのものよりも函館の場合は停電というストレスが、せっかく整えた体調を再び「休養を要す」ような状態に引き戻されたのでした。しかし、もうこれ以上延ばすわけには行きません。私は、何もできない日はできるだけ早く寝て、体調を整え、作業をできる状態に持っていくことを優先しました。昨日今日と仕事は連休でしたが、2日間の睡眠合計時間は20時間を超えました。それでも、夜になると次第に集中力を要する作業ができない体の状態になっていました。

でももう少しだ。これをきちんとした形で世の中に出すためにには、多少の無理も致し方ないだろうと覚悟を決めました。ちなみに先日、今回の地震のことを書いた記事は、執筆延べ日数で4日間もかかりました。これで次の日仕事がなければもっと無理もできたのかもしれませんが、仕事に影響を及ぼすわけにもいかず、ずるずると月日だけが過ぎ去ってしまいました。

でも、もうすぐです。
どうして私がクラウドファンディングで写真集を作ろうと考えたのか、そのすべてをreadyforの公開ページに記しねもし補足があるのならこのブログやツイッターやfacebookなどで説明をしてまいりたいと思っていまする
どうか、公開されましたらご一読いただき、賛同いただける方は是非ご協力いただけますようお願いいたします。




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1か月以上前からYOU TUBEで予告編が流れているQueenの伝記的映画「ボヘミアンラプソディ」が函館で11月9日から公開される。

これには大きな期待を今から寄せている。なぜなら、Queenのファーストアルバムからすっとリアルタイムに彼らの音楽を聴くことができたのだが、実を言うと、彼らの音楽の変遷の理由について、その背景となるものがまるで知らなかったのである。だからこの機会に知りたいという強い期待をもっている。
また、代表曲「ボヘミアン・ラプソディ」の実際のあのコーラスの多重録音や、ヘッドホンで聴けば顕著にわかる右から左へ、あるいは左から右へ変化自在に移る音の出し方の秘密など、彼らが生み出した独特の音楽世界の内幕を知るためには貴重な映画となるだろうことは充分に期待できる。

最近、待ち遠しい気持ちをより高ぶらせるために。YOU TUBEで彼らのビデオをたくさん拝聴している。するとあることが分かった。
Qeuunは、その時代の最新トレンドを自分たちのサウンド・メロディーーに取り入れててたものを音楽としている。
初期の頃はビートルズ・ディープパープルの他にクラシック・オペラの要素を取り入れたものが数多くあり、また、音の出し方・録音技術での伝え方・ロックというジャンルにとらわれない自由な曲作りで私たちを驚かせた。

どのようなきっかけでQueenを知ったのかは、今では思い出せないが、彼らのファーストアルバムは針が擦り切れるほど聴いた。それも良さをより聞き取るためには、ヘッドホンが効果的だった。1曲1曲が組曲となっており、それは間違いなくクラシックの技法であったし、また、音楽のトレンドとしての変化にも。彼らなりの曲によってのメロディー・演奏の変化は天才というしか他にはなかったる前述のビートルズ・ディブパープルはもとより、オペラ・マイケルジャクソン・ビリージョエル・ポリス・デヴィッドボウイ等々、トレンドになったミュージシャンのの音楽特性をいち早く取り入れ、自分のものとしていたった。

ボーカルのフレディマーキュリーはは小さい頃から一度聴いた曲をすぐピアノで引くことが可能であったのだという。その類稀な吸収力と再現力が、ひょっとしたら数々のヒット曲を生み出した要因になっていたのかもしれない。

こんな仮説も正しいのかどうかも、ひょっとしたら映画の中で示しているかもしれない。
ともかく私は11月をとても楽しみにしている。


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このような色で空が染まり、対岸の山の稜線が霞んで見える幻想的な風景が見えるのは、年に1度か2度しかない。
そして、それをくっきり浮き上がらせる構図を作れる場所は入舟漁港しかない。

これは6年前に撮影したものだが、それ以降そのような空の色になることはあっても、たまたま仕事などで撮ることができなかった貴重な写真の内のひとつです。




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今、安倍首相はトランプ大統領とアメリカの貿易赤字に関しての話し合いをしている。

もちろん皆さんご存知のように、アメリカの日本への輸出額に対して日本のアメリカへの輸出額の方が多いから、アメリカにとっての貿易赤字が発生するわけですが、私は、これは外交問題だとは思っていない。
ただ単純にアメリカ製品に魅力を感じないから買いたいと思わないだけだ。

外交問題にするよりも、もっと世界を魅了するものをつくれるかどうかが問題なのだと思うのですが、皆さんはどう思いますでしょうか?
いいものも作らずに力づくで売ろうとしても、「はい、わかりました。アメリカ製品を買います」という日本人はどれだけいるでしょうか?

それは、外交問題でなく、アメリカ国内産業の問題であるはずなのですが、うーん、それに気が付かないのでしょうね。
どこかの都市と似ていますね。



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昨日、無事に還暦を迎えることができました。
よく言われていることですが、誕生日がきたからと言っても、突然何かが大きく変わるということでもなく、日常生活上は何の変化はないわけなのですが(お祝いのメッセージやプレゼントは別ですが)、ただ区切りとして、よく60年間も入院もせず、体にメスを入れることもなく、生きて来れたことを幸福であったと改めて思うばかりです。
臆病な私は、体にメスを入れるのはとても怖く、出来るなら死ぬまでそのままの体で死にたいと思っているくらいです。

でもこの先はわかりません。
きちんとした根拠があるわけではありませんが、色々な活動ができるのは70歳までが一応の目安と想定しています。もちろん大きな病気がなければそれからも生きて行くことができるでしょうが、活動的に何かをやって行くというのは、私にはあと10年しかないのです。

60年間まともなことを何一つできていない自分が、残り10年で何ができるかなんて、とても怪しいものですが、だからと言って何もしないで後悔するよりは何かをやった方がいいに決まっています。このブログもあと何年続けるのかわかりませんが、今のところ続けれるだけ続けようと考えています。さすがに20年もずっとブログを続けていたら、それはそれで多少褒められてもいいものでしょう(笑)

不思議なもので、年齢と共に行動範囲が広がっているのに自分でも驚いています。そして、世界もずっと前よりももっと身近に感じれるようになりました。

あと10年、いったい自分に何ができるか、それとも何もできないのか、もう、考えている暇はないので、とにかく思い付いたら行動に移すしかありません。
めでたい還暦の日と共に、オフタイマーは作動を始めたのです。




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このブログをご覧になっている方は、私が函館の西部地区にこだわっていることに気が付かれていることでしょう。それは全くその通りで、もしそのこだわりが無かったら私はとっくの昔にブログ記事を書かなくなっていたことでしょう。

それはなぜなのか、正直言って自分でも明確には自覚していません。ただ、何かを発信し続けなければという思いだけなのです。
そのこだわりの理由を一言で明快に伝えることができたのなら、それでこのブログを終了することができるでしょう。でも、それができないから、気が付いたらもう丸9年にもなろうとする、人から見るとカビが生えているような(笑)ブログを続けているわけであります。

では、どうして西部地区がいいのかと申しますと、それはちょっと長い話になってしまうのですが、40代前半からおぼろげに考えてきた「自分の死に場所」を自分に問いかけた結果が函館の西部地区なのです。
40代前半、当時私は仕事の関係で新潟県に住んでいました。よく北海道は食べ物がおいしいと言われますが、新潟県もお米だけではなくその他の農産物や加工品などの食べ物がとても美味しく、食べ物は北海道と自分が作っているわけではないのに自負していた自分自身が完全否定されたほどのものと出会ったのです。(たぶん)北海道では一般的なスーパーなどでは決して売られていないような地場産の味噌(特別全国的に有名でも何でもないのですが、家庭で食することができる味噌としては今までで最高でした)が普通にスーパーで売られていたり、日本海の寒流で獲れた魚も美味しい。さすがに雪の多さには北海道人でも嫌気がさすくらいのものでしたが、その中でたくましく生きている人々がとても実直で優しく、横のつながりが強く、困った時には助け合って生きている風土は、私が知っている日本の地域にはなかったものでした。

私は転勤族であった当時の会社を辞め、新潟県人になりたいと真剣に考えました。実際不動産会社にアパートの問い合わせをしたくらいでした。しかし、その思いが強くなればなるほど、「自分の死に場所は本当にここでいいのか?」という問いが自分に向けられました。すると、「死ぬ時は北海道にいたい」という自分の心に辿り着きました。それが、例えば鮭が海から自分が生まれた川に戻り、産卵・受精という最後の大仕事を終えて最期を迎えるようなものなのかもしれません。しかし、地元を離れ家庭を築いた街で最期を迎える人もかなりいらっしゃると思いますので、きっと私がたまたまそう思っただけなのでしょう。

偶然にも会社を辞めなくとも、たまたま札幌に転勤になり、無事(笑)北海道札幌市に戻ることができました。すると不思議に次に私が考えたのは、「北海道のどの場所で死にたいのか?」ということでした。色々な情報や刺激、便利さから言うと札幌がずっと住むのには適切な街でありました。しかし、そこでまた「死に場所は札幌がいいのか?」という自問に、最終的に答えを出したのは函館でした。その他にも帯広や富良野や小樽なども頭によぎりましたが、辿り着いたのは函館でした。


函館・・・・・では、函館のどこに住むのか?その時に頭に浮かんだのは西部地区以外にはありませんでした。自分が育った地域だからということももちろんありましたが、函館を思い浮かべると、五稜郭や湯の川などは全くイメージできませんでした。少なくとも私にとっては、函館という街は函館駅前から函館山山麓までの狭い地域のことを指していたのです。そこで、仕事の色々な事情もあったのですが、51歳の時戻る決心をしたわけです。

では、どうしてそこまで西部地区がいいのかと言いますと、最初の話に戻ってしまいますが、一言で話せたらもうこんなブログはやめてそれを満喫し、1人のただの初老の男として暮らしていけるでしょう。でも、それが理路整然と話すことができないから、いつまでもうだうだとこんなブログを続けてしまっているわけです。
その西部地区の魅力とは、例えば、私が札幌に車で行く時、距離も長く走行時間も長くなってしまうことがわかっていながらも長万部から倶知安・小樽というコースを選択してしまいます。距離や時間を考えると中山峠コースの方が早いに決まっています。でも、そのコースは走っていてとてもつまらないのです。いくら合理的に早く着き、ガソリンの消費も若干減らすことができるとわかっていても、羊蹄山の麓を走り抜ける倶知安コースの方が楽しいために自然にそのコースで往復してしまうのです。

それは、近年私が毎年行っている奥入瀬についても言えることです。多少の変化はあるかもしれませんが全体的にはほとんど変わっていない同じ風景を見るために、私は毎年奥入瀬を歩きます。しかし、変わらない風景ですが、何度行っても飽きずに奥入瀬が持つ空気に包まれる感触に入り浸っています。

これらの何がいいのかということも、一言では話せません。ただ引き寄せられているとしか言い表すことができません。そのような言葉にできないもので、私には函館の西部地区に住んでいます。ですから、正直言って西部地区の良さは何ですかと訊かれた時、答えようがないのです。少なくともひとつだけ言えることは、便利さや文化刺激・社会的刺激を求めるなら札幌に住むのが答として出て来ますが、そんなことより自分にとってもっと大切なものが函館の西部地区には詰まっているのです。

もし、何らかの理由で西部地区に住むことができなくなってしまうことがあったら、ただ利便性だけで札幌に住むか、人の心を求めて新潟県に住もうと考えるでしょう。西部地区が無くなったら、私にとっての函館は全国どこにでもあるただの地方都市に過ぎないのです。それはきっとずっと函館に住んでいる人の中には理解できない方々もいらっしゃるでしょう。

でも、いつまでも富士山は富士山であるように、東京は東京であるであるように、銀座はいつまでも銀座あるように、函館西部地区はいつまでも西部地区でなければいけないのです。その中の住人の一人であることが、きっと西部地区にこだわっている理由なのかもしれません。




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この歳になって気付いたことがある。

それは、午後6時台に食事をすることがとても健康的であること。

そして、たっぷり睡眠時間をとること。

そして歩くこと。

そういうことをしていた時代に戻りたいという、わがままな還暦間近の男のないものねだりであります。




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私が函館に戻った頃に比べて、外国人の居住者あるいは留学者は確実に増えているような気がする。
それは日本全体のことであるし(東京はまるで多国籍都市のような気がする、笑)、今更驚くようなことではないのですが、それに伴って深くではなくても何かしら外国人の方々と接触する機会も増えてまいりました。

特別な意味のあることも、相手に印象深く記憶に刻まれるようなこともたぶんしていないと思いますが、少なくとも、その国の知っている限りの範囲のことを訊いてみたり、函館の印象を尋ねてみたりします。それはただコミュニケーションの手段のための話であって、本当に知りたいのは、もしその人の国に行くことがあったら、「やぁ、やっと来たよ。ちょっと君の街を一緒にぶらぶら歩いてくれないか?」と言える相手であったらいいなという期待を持って話をするのです。

ただ、訊こう訊こうと思って訊いていないのが、どうして函館を選んだのですか?ということです。広い広い世界の中から、何かの事情もあって来た方もいるかもしれませんが、函館を選んでいただいたことにはとても誇りに思うし、嬉しいことです。ですから、そういう方にはできるだけフレンドリーに接っしたいと努めています(努めているだけで、実際、本当は何もできていませんが)
少なくても、函館を離れた後に、「またいつか再び訪れたい」と思っていただけるよう、「ここにも友達になりたいと思っている人がいるんだよ。君の国に行った時、友達をいっぱい紹介してほしいな」という気持ちで話すようにしています。(ほとんどたどたどしい言葉ですが)

では、函館から見る世界というのはどんなものでしょうか?
日常的に仕事をしていますと、そのような事柄は全く考えたりもしません。考える必要もあまりない仕事をしているせいかもしれませんが、函館は一般的なことは、函館の中だけで完結してしまうことが多いようです。世界どころか日本全国へ目を向けることもあまりないのではないかと思えてしまいます。
まだほんの少しですが、世界の中で函館に注目して訪れ、好きになってくれている人がいます。

さて、私たちはそんな彼らに何ができるでしょうか?

私はもうすぐ60歳。還暦になります。色々な活動を何とかできるのが70歳までと仮定しますと、私にはあと10年しかありません。この10年で、もっともっと函館が多国籍都市になればいいと思っています。その方が函館の魅力をよりますことができると考えます。そのために自分が何をできるか?
時間は限られています。10年後には、ちょっと今晩食事をしよう、と仲間内で集まった時に、外国人が何人か混在していることが理想ですね。
その時、函館は今よりももっと深い文化を構築することになるのではないかと想像します。



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