<   2018年 12月 ( 24 )   > この月の画像一覧

a0158797_08492444.jpg
昨日の黒松内~蘭越間の様子です。
ひどい時は前の車しか見えませんでした。

この時期、車で長距離で移動する方も多いでしょうが、時間に余裕を持って出発した方が良さそうです。今日も札幌は雪が降ったり止んだり。
札幌はコピペをしたような人々ばかりで、さっかすれ違った人と何度もすれ違った錯覚を覚えました。
ちょっとお洒落そうな服が陳列されているお店の中には中国語を話す方々ばかり。それも、黒縁のメタルフレームの眼鏡をした人ばかり。

この街を歩いている人びとは、3Dプリンターで大量生産されたのではないかと思ってしまいました。

さて、フェルメールを見て帰りましょ。


いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_22335076.jpg

ずっと生きていて、色々な人と接し見ていると、その人の哀しい部分を見つけてしまうことがある。

もう少し意地をはらなければ。
もう少しだけ広く目を開けていたら。
もう少し自分の周りを見ることができたなら。
もう少し方の力を抜いたなら。
もう少しだけ優しくなれたなら。
もう少し感謝の心を持っていたなら。
もう少し自分だけが苦しいんじゃないとわかったら。
もうちょっだけカッコつけなければ。
もう少し気軽にハグができたなら。

今よりもちょっとだけ幸せになれるのだろうれど。
どうしても幸せ下手なのでしょうかね。

こう言っている私もどこか下手になっているところがあるのでしょう。




いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_22241186.jpg





いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_22324090.jpg

この写真をご覧になった方の何割かは、この建物が映画「海炭市叙景」の舞台のひとつであったことを知っているだろう。
しかし、今は解体され更地となっている。そして時間が経つと、あたかも元々何もなかったかのように、記憶から消去され、言葉にも出ないようになるだろう。

例えば、今の道営愛宕団地が、私が卒業した「愛宕中学校」の跡地であり、その建物が建築当初の北海道立函館商船学校であり、その後弥生女子小学校となり、青函局船員養成所などを経て函館市立愛宕中学校となったことなどほとんどの人が知らないように。また、今は総称して函館山と呼んでいる連山の弥生坂上周辺が愛宕山と呼ばれ、愛宕神社が存在していたことなどごくわずかの人しか知らないように。

そのようにして、いろいろなものが失われていく。それはある意味仕方のないことではあるが、失われたものは二度と戻ってこない。写真か記録か微かな記憶の中でしか存在しないものになってしまう。

それはきっと、亡くなった人がいずれ人々の記憶からも遠ざかってしまうように、私もあなたも同じ運命を迎えることを意味する。
そう、私たちは長い歴史の中のほんの小さなワンピースにしか過ぎないし、地球の中の数えきれない生物の中では、微生物ほどの存在にしか過ぎない。

私は時々思うことがある。もし私が鯨に呑み込まれる鰊だったら、いったい何を思っただろうかと?
いや、そもそも鰊としての私には「思い」などあるのだろうか?ただ鰊として生まれた宿命として、あるいは食物連鎖の結果として、ただ鯨の食べ物となっただけのことだろうと思う。きっとそれ以上のものでもそれ以下のものでもないはずだ。

それに比べて人間は・・・・・。
だいたい、こんな面倒くさいことをここで書いてしまうのは人間くらいのものですからね(笑)



いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_23254475.jpg

しばらく日本で販売停止していたアメリカ製の「クイックブライトです。現在ネット上ですが販売されています。
日本のお掃除と言えば、せいぜい100円~500円程度の洗剤でありますが、それで毎日掃除をしていればそれでもいいのですが、私のようにやらなければ年単位で掃除をしないものもある人間にとっては非常に頼りになる洗剤です。
長年蓄積された汚れが(全てとは言えませんが)次々ときれいになって行く光景は圧巻です。実は以前普通にホームセンターで売っていたのですが、どうやら皆様は毎日きれいに掃除をしているためなのか、ただ単に価格が高いから敬遠していたためなのかはわかりませんが、今まで普通の洗剤で落ちなかったものがこれで落ちるとわかれば、高くも何もないことが実感できます。

a0158797_23351543.jpg

例えば、いくら洗車しても落ちない水垢も、洗剤をつけてじっくり拭くと、これがびっくりするくらいきれいになります。脂汚れはもちろんのこと、風呂の垢や壁など様々な用途に利用することができます。この洗剤の大きな魅力は「元々白かったものを復元できる」ほどの洗浄力があることです。でも、直にペースト状の洗剤を雑巾に着けてせっせせっせと拭いても、手が荒れることはありません。ヤシの身の成分を使っているからなのですが逆に手がつるつるしています。

昔よく使っていたのですが、日本ではお目にかからなくなっていたので、自然に汚れて行くのをただ見守っていた私ですが、再び室内をきれいにしようという意欲に沸いている自分であります。あるネット上での販売価格は3,900円でしたが、その能力を知ったら決して高いとは思わないはずです。

たまには、暮らしに役立つ情報をお伝えしました。ランチの紹介ばかりよりはいいでしょ(笑)



いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_23433975.jpg

私は旅して、大都市のホテルの部屋に滞在し、孤独になることが好きだ。
小さな街でのいろいろなことから逃れて、何百万人・何千万人が住んでいる街のほんの一角にあるホテルの一室にいると、全てを忘れて、考えるのは自分のことだけになる。

独身時代はずっとそうだった。いや、それしかなかった。

この歳なって、このような孤独は、若い時に、函館から札幌に出て独り暮らしを始めて感じた孤独感とは違う。
大きな街に行くと、自分はその中のとても小さな存在でしかなく、それがとても心地良く思える。

そして、ひとりよがりに、この街で自分が何かできないかを考えてしまう。それには、もっと、本当の孤独感を持たなければならないのでないかと、頭のどこかで提案する。でも、もう一方からはここは遊びに来る街、それだけで充分だろう、と戒めている自分もある。
そんなことを考えながら、酒を飲みながら夜景を見ていると、とてもとても小さな人間なのだと再び考えてしまう。

さあ、答なんか今すぐ出ないのだから、鮭の酔いを借りてもう眠ってしまおう。朝には、素敵なホテルの素敵な朝食が待っている。

ただ、それだけでいいんだ。



いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_12105747.jpg

えー、さすがの私も還暦にもなりますと、以前より体力の衰え(なかなか疲労回復ができない)という体の現象の事実と向き合わなければならなくなりました。
最も気を付けていることは睡眠をしっかりとる、ということだと考えて、そのおかげで夜飲みに行くことはめっきり減りました。
でも、一方で、それだけでいいのか、まだまだ老け込む歳ではないはずだろう。やりたいこと、やらなければならないことがたくさんあるのではないかという思いから、長年遠ざかっていたサプリを飲んでみることにしました。

長年と申したのは、世の中に色々なサプリが登場し始めた20年以上前、一時期興味本位で試してみたのですが、効果があるのかどうかわからないまま、また、次第にあまりにもたくさんのサプリが登場し、何が良くて何が不必要なのか、訳が分からなくなってしまったために、そのうち自分の頭の中でフェードアウトしてしまったわけであります。そして、その時はまだ若かったために、体の根本的な危機感を持つことができていなかったこともやめた理由だったのかもしれません。

しかし、今・・・・。
体のどの機能が良くないのか、それすらわからなく、全体的に体の活性ができないという状況に直面した時、あらゆる栄養素が不足しているのではないのかという懸念を持ちました。そこで、たまたまあるきっかけから知った(というより、名前だけは知っていたのですが)ミドリムシを摂取してみようと思いました。

迷いました。まず、どのような種類のサプリがいいのか。滋養強壮系がいいのか、体の全体的なバランスを保つのがいいのか、アミノ酸なのか・・・。でも、ちょっと良さそうなのは金額もけっこうなもの。いっそのこと健康保険を使って病院に行った方が安いのではないかというくらい高いものがたくさんありました。

で、結局、とりあえず体の全体的なバランスを整えるものを飲んでみようと、ミドリムシにしたのですが、今度はどのメーカーを選んだらいいのかという問題が。サプリオタクではない私は何種類も飲むつもりもないですし、信頼のおけそうなものを1種類だけ試そうと考えたわけです。このように迷った時、私はそれの元祖をまず体験してみようとします。(全てではないですが)なぜなら、元祖はそれを完成させるための情熱と本質を持っているからだと考えるからであります。

例えば、登別温泉であれば、やはり第一滝本館、カップ麺であれば日清、牛タンであれば味 太助本店、ライカであればドイツ製、等々、とりあえず本家本元を試してみよう。そのようにしています。

ということで、この度㈱ユーグレナの製品を購入しました。まだ飲み始めて3日目ですが、体内で1日当たり約5000万匹のミドリムシ君が私の体内で活躍していることを願っております。写真、ピンボケになっていますが、まぁ文字が見えているのでよしとしてください(笑)



いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_2113717.jpg
厚沢部町・鶉ダムの岩肌。

<これは2012年2月から3月初めにかけて、私が函館市内の各地域の特性を考えて、将来こうなればいいという構想図を言葉で表したものの原文であります。当時は何日か置きに書いたりしていましたが、今回は全10章をひとまとめにお読みいただければと思い。再投稿したものです。文章は約6年近く前のものをそのまま使用しています。
今後函館をどうしたらいいのか、皆さまが考えるヒントになればいいと1章から最終章まで順番通りに通りに全てそのまま再投稿しました>

「中心市街地活性化」かーに関する記事の続きを書こうと、休日の今日、ゆっくりと函館市のHPを開いてみたら、新しい「函館市都市計画マスタープラン」を策定したとの新着情報を見た。そこでそのページを開いて読んでみるとびっくりした。
私がこのブログを開始して以来、一貫して訴えてきたことが、ほとんどそのまま「まちづくりの基本方向」と「まちづくりの方針」の現状把握と今後の理念として挙げられていた。もし疑われるのなら、本ブログを最初からお読みいただきたいが、それも大変面倒なことだろうと思うので、ここで私が訴えてきたものをまとめてご紹介したい。

1.函館市をコンパクトシティーに
 
 人口が減少する中、市街地の拡大は何の意味もなさないどころか、不必要な市街地拡大は単なる自然破壊にしか過ぎなくなる。また、人口減少は必要とされる家屋数の減少にもつながる。現状の市街地のままでも空地が散見するのに、このまま人口減少を続け、繁華街がいくつもあると、函館市は点在する村の集合体となってしまう可能性がある。つまり、函館郡美原村や本村や若松村のような規模に縮小してしまう恐れがあるということだ。
 これは大袈裟としても、少ない人口の割に広範囲に公共サービスを実施しなければならなくなり、人口減によって見込まれる歳入減の市の財政を大きく脅かす存在となる。

 それだけではなく、生活に必要な機能が分散することは、高齢化する社会に対応できないことは明白。もし現状のままこれ以上の高齢化社会を迎えたら、市民全員が高齢者のお世話を常にしていかなければならなくなるだろう。現在でも不便であるのに、今後はそれがより顕在化することになるだろう。

 この解決策としては、市街地のコンパクト化しかない。機能を極力集中させ、高齢者が利用しやすい環境を整えることが必要だ。そのキーワードとして「歩ける街」というものを、私は掲げた。歩いて楽しい街なのか、歩いて用を足せる街なのか。これが重要だ。
 大都市がなぜいつまでも大都市なのか?それは「歩ける街」だからだ。札幌がそのいい例だ。札幌はどんなに市街地が拡大しても、中心地は札幌駅前からすすきのの間である。近年は客足が大通から駅前に移ったようだが、それでもエリア全体としては不動だ。ここを中心として地下鉄で移動すると、各駅前もまた歩いてそれなりに最低限の所用を済ますことができる機能を有している場所が多い。

 これに対して函館は、車がなければ不便極まりない街となってしまった。それはなぜか?これは函館だけに現れている現象ではなく、どこの地方都市でも問題とすべき事柄なのだが、わかりやすく説明するために、函館の例をあげよう。
 それは、現在の都市計画が、人口も経済も地方自治団体の歳入も右肩上がりであろうという大前提に基づいたものだったからだ。その前提でできたのが産業道路周辺の街だ。その中心となっているのが美原地区だが、ここを中心として奥側に市街地が拡大していった。つまり、現在機能的に函館の中心となっている街は、前時代の思想による「まちづくり」だったのだ。

 「前時代のまちづくり」、つまり車での移動を前提とした街並だ。どこの都市も、それを基準に都市計画を策定していた。車のアクセスが街を発展させるという「日本列島改造」神話だ。これは、産業の発展という点では大いに貢献した。それは否定できない。だが、住宅地・商業地を交えたものまでにしたのが結果的に致命傷となった。
 車の移動に主眼を置いた道路と住宅地の整備は、機能の分散化を招いたに過ぎなかった。人口と経済がいつまでも右肩上がりであれば、いくつかの中心地ができても、それぞれの場所に機能を持たせることができたであろう。だが、それは地方都市では難題であった。
 人口減少が続く地方都市において、このような前時代の施策は、過疎化を加速させるに過ぎなかった。自分の目で確かめたいというのなら、北海道内や全国の各地方都市を視察してみるといいだろう。同じような現象が起きているはずだ。

 どの地方都市も、車が必要不可欠なまちづくりをしてしまった。その結果、大都市ほどの水準でもない収入の中で、車の購入・維持に占める支出の割合は当然高くなる。そうなると、その他に費やす金額は必然的に低くなる。街に金が回らなくなる。いっそう地方都市の経済は疲弊する。つまり、昔車好きの一部の若者が送っていた、「車に乗るために、食事はカップ麺で我慢する」という生活をしているわけだ。
 だが、人間は錯覚の生物だ。何歳になっても車を運転する生活ができるという思い違いを持っている。それを基準にできた「便利な場所」は発展した。それが函館では産業道路周辺の街だ。

 ところで、歩く街という観点で美原地区を見ると、例えば末広町あたりから20分歩くと、駅前・大門まで容易に辿り着くのに対して、美原の産業道路の交差点から20分歩くとちょうど昭和タウンプラザあたりに着く。末広町から大門までの間には、いくつもの金融機関もあり、市役所もあり、ちょっと道を外れると、気の利いたカフェもいくつもある。古い建物や風情を体に感じながら歩くことができる。では、美原出発はどうだろうか?最初に金融機関と亀田支所があるだけで、あとは荒涼とした風景の中を歩かなければならない。私は、どっちかを20分歩けと言われたら、何の迷いもなく末広町出発を選ぶだろう。車を中心として作られた道路は、産業道路に限らずただ苦痛なだけだ。そして、そこには何もない。ただ点として所々にちょっとまとまった商業施設があるだけだ。

 高齢化社会がますます加速するこれからの時代には、このような街並は「前時代の遺物」以外の何ものでもない。人間は正直だ。郊外型店舗の進出を抑えて、市役所周辺を中心に機能を集中させた伊達市は、僅かながらだが人口が増加している。つまり、高齢者の移住が増加しているということだ。
 歩いて日常的な用事を済ますことができる街こそ、これからの「便利な街」だということだ。

 次回に続きます。




いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_7534424.jpg
風力発電機と山々。江差町にて。

前回、現在の中心市街地と言われている美原地区を、「前時代の思想による街」と呼んだ。どうしてそのようになったのか。それは、車中心の道路整備によってできた街だからと述べたが、それによって歩けない街になってしまったのも流れとしては当然のことだ。また、その背景には、大型商業店舗が集まっており、それらが車で乗りつけて買物をすることが前提となっている施設であることも拍車がかかってしまった。
このような街並では、庶民が享楽できる店舗は育ちづらい。一番いい例が、飲食店だ。それも飲み屋さんである。歩けない街に酒を飲みに行くことは困難だ。私も最も落ち着いて酒が飲めるのは、自宅に車を置いて、車のことを何も考える必要のない状態になった時だ。だから、今も酒を呑むのは本町が中心となっている(個人的には大門で飲むのが好きだが)。札幌が大都市である理由のひとつは、いくら客足が衰えたとはいえ、絶対的存在として「すすきの」が存在していることにある。馬鹿なことを言うなと思われるかもしれないが、街の繁栄のためには「色々な意味」ですすきののような歓楽街が必要なのだ。また、カフェや雑貨店等の若者向けの店舗も然り。

つまり、美原地区は本来、週末に家族で車に乗ってまとめ買いなどをする、「郊外型店舗」中心の街であるべきだったはずなのだ。それがなぜか住宅地も兼ね備えた中心的存在になってしまった。これは衰退型地方都市の典型的スタイルである。函館がそのようになってしまったのには、単なる都市計画上の問題だけではない。旧市街地の借地問題や建築基準法上の許可が下りない道路、一個の宅地が狭小であるなど、現代生活にそぐわない要素が多くあったということも大きな原因だ。
そのため、ある程度の広さを持ち、自己所有できる住宅地が産業道路より山側に出現した。これによって土建業・建築業はある程度潤った。特に今の北美原地区の開発は広大なものなり、バブルが終わってからもなお、しばらくの間、函館の建築土木業にはその恩恵があったはずだ。建築土木業にとって、原野を道路や宅地などに変えることは将来の仕事を約束されたものだから、市街地拡大の都市計画はありがたいものであったに違いない。

ところが、今はというより10年以上前からそんな時代ではなくなった。少子高齢化が将来の課題として挙げられた時点で、都市計画も抜本から見直さなければならなかったのだ。これは全国的な課題だったのだが、函館もやっとその必要性を認めざるをえなくなってしまった。

さて、函館の中心を美原地区に据えると仮定しよう。そのために、高齢者でも歩いて買い物などができる街に変貌させる作業を行うことにしたとする。そのためには膨大な費用がかかるはずだ。街並の再整備や、今でさえ渋滞する交通網の整備のための、道路拡幅や渋滞解消のための新たな道路の敷設、公共サービス施設の移転など、高度経済成長時期に行った開発をもう一度行わなければならない。そんな金が函館市にあるのだろうか?

もうひとつの問題として、仮にそのように整備ができたとしたら、当然また市民の住居移動が始まる。旧市街地は今よりも廃れたものとなるだろう。特に若者が少ない西部地区は見るも無残な街並になるだろう。人が住まなくなった建物は朽ちるのが早くなる。また、街の中心が移動すると、当然夜景も変わる。正直に言って、昔見た夜景の方がきれいだった。どのような夜景か?函館山の手前側が明るい夜景だ。今はまだかろうじて夜景を売り物にできているが、街並が変わるとそれも大きく変わる。その時、観光に変わる主幹産業を構築することができるのだろうか?
もっと平たく言えば、「あんた、観光を捨てて何か市民が食っていける仕事を作れるのかい?その覚悟はあるのか」ということだ。
まさか今時企業誘致という前々時代の手法が通じるわけではないだろう。観光を捨てても市民が食っていける企業となれば、企業本体が大規模で、かつ二次的・三次的に裾野が拡がる産業が構築されなければ難しいだろう。今の函館にそのような企業・産業が誕生する素養はあるだろうか?

物事は全体的に考えなければならない。高齢化社会、それを支える金を産み出す産業、交通網、都市形成等々。観光もその他産業もという都合のいい選択はできないはずだ。そこまでの潤沢な金はない。私たち市民は覚悟を決めて、これからの市街地形成を考えなくてはならない。その岐路に立たされているのだ。

今日、実家に立ち寄ったら、父が雪掻きをしていた。実家に隣接する向こう3軒の家の住人が全て高齢者で、なおかつ、病気で動けないため、80近い父が自宅を含めて4軒分の雪掻きをしていたのだった。病気になっている高齢者たちは、全て父より年下だ。体がとりえの父は、整骨院に通いながらも4軒分の雪掻きを毎日やっている。休日だった私は雪掻きの手伝いをしてきた。
街並を考える時は、暖かい室内の机上で考えるのではなく、高齢者と一緒に雪掻きをして考えなければならない、と思っている。

次回に続く。




いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_0463446.jpg
ささきようすけ作品。「道南美術の21世紀」北海道立函館美術館にて開催中。

前回・前々回と美原地区を中心とする産業道路周辺の住宅地を否定的な論調で述べた。それに対して、お叱りとも言えるコメントをいただいた。断っておくが、私は特別に美原方面が嫌いであるとか、住民が嫌いであるというわけではない。ただ、美原地区が中心地化することに、函館の危機を感じてやまないからなのだ。
元々、今回述べようとしていたことに、その危機感も含まれていたため、まずそのことから述べよう。

今回の題材に対して数多くの方からコメントをいただいた。反対意見も多かった。それでこそある意味健全であると思う。だが、残念だったのは、前回私が述べた「観光に替わって函館市民が食べていける主幹産業をどうするのか」という問いかけに答えてくれた方は誰一人いなかったことだ。
街を整備して欲しい、利便性を良くして欲しい、などは消費者的発想だ。それでは、それを実行するための財源はどうするのか、税収を上げるためにはどうするのかという発想は置き去りにされている。国の税収と同じように、探せば無駄な支出は大いにあるだろう。だが、街を整備するという事業に要される金額はそのレベルを超えるところにある。その金をどうやって作るのか?また、今のままの都市形態を維持するにも金がかかる。人口が減り、高齢者の割合が高くなる将来、次第に要求のレベルが上がる市民の公共サービスを、減るであろう税収でどのようにカバーするのであろうか。それを補える、多額の法人税を納めてくれる巨大企業が誕生するのであろうか?

函館市の過去と現在と未来予測の人口を調べてみた。函館市のメイン市街地である、旧函館市(昭和48年、旧亀田市と合併した時の函館市)の、旧亀田市合併直後の昭和50年の人口は、約32万人であった。その頃、旧亀田市(主な地域は、富岡・美原・桔梗・中道・鍛治・本通・山の手・東山・昭和など)は、5万人強の人口しかなかった。ところが、住宅地の拡大によって、平成22年末には、約12万人が暮している。倍以上になったわけだ。ところが、函館市全体(戸井・恵山・椴法華・南茅部を除く)の平成22年末の人口は約約27.5万人しかいない。
これを何を意味するか?つまり、現在の市街地(戸井などを除く)は、約40万人以上が居住できる広さを持っているが、その7割にも満たない人口しかいないということだ。それが、平成47年には人口が19万人になるとの予測が発表されている。つまり、今の市街地の半分の土地は不要となるということだ。

これをもう少しわかりやすく説明しよう。かなり大雑把になるが、湯の川からの電車通りを函館港に向って万代町あたりで分けたとして、函館山方面でも、美原方面のどちらでもいいが、半分に人が全く住んでいないのとほぼ同じ状態だということだ。
もしこのような人口で現在の市街地を維持するとすれば、無人の半分の地域の道路の舗装の修繕や水道維持・下水の処理、ゴミの収集などを、誰も住んでいないのに行うのと同じことになるのだ。そうなると、公共交通機関などは、便数の増加などのサービス向上どころか、まだあるだけましという状態になる。恐らく減るであろう公務員は、その少ない職員数で、割合的に広くなった地域の公共サービスを行わなければならなくなる。当然公共サービスの質は低下するだろう。

これらを補うのがコンパクトシティなのだ。この考えは生産者的発想になるとわかるであろう。現状の社会を消費するという発想の下では、私の考えは、ネガティブだとか否定ばかりだとか思われるかもしれない。だが、どう思われようが来るものは来るのだ。今のままずっと暮していける可能性はかなり低いということだ。

さて、ここで言う消費者的発想とは、「現状の収入が続くと思い、より自己が受けるサービスの向上を期待し、社会に対して要求する」考えである。生産者的発想とは、「その消費を支えるために、経済的・社会的・地域的基盤を作る」考えである。この双方がバランスよく成り立っていれば問題ないのだが、今は、消費者的発想の方が世の中に幅をきかせているのが実情だ。だから国レベルでは赤字国債の発行を続けなければならないのだと思う。公務員の無駄遣いも、「自己が受けるサービスの向上」のためだ。

札幌のような大きな地域の中心地という役割が与えられている都市は、商業都市として成り立ち、消費者的発想が幅をきかせていても吸収できる部分が多い。しかし函館のような地方都市は、何かを生産していかなければ、衰退の一途を辿るだけだ。だから、市民は産業のことも同時に考えなければ、全体的な視野に立ったとは到底言えない。

とても残念なことだが、今の市街地を維持することは、将来的には困難だといわざるをえない。そのためには、市街地を縮小するしかない。市が今回発表した都市計画マスタープランで示した将来の市街地でも広いくらいだ。
では、街全体をどのようにコンパクにしたらいいか。次回はそのことを説明します。




いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村