<   2019年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

a0158797_22542327.jpg

これらの写真はわずか2秒の間に撮れた3枚です。

a0158797_22560820.jpg


a0158797_22554148.jpg

2秒間では背景は全く変わるわけではないのですが、なぜかカモメが・・・・。

最初の写真では1羽しか映っていないのに、2枚目は2羽になり、そして3枚目には2枚目に初登場したカモメだけが・・・・・。

被写体を消すなどの加工はしていません。
たった2秒です。不思議でたまりません。




いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_21592915.jpg

仕事が休みだった昨日、風邪が治らずにいた私は、ほとんどの時間を自宅で過ごしていた。
と言っても、用事があったら出かけなければならない。休みにしかできない用事もあるものだ。
そのため昼頃一度出かけたが、やはり風邪の症状は芳しくなく、用事を済ましたら自宅でずっとおとなしくしていた。
ところが夕方、夕食の品数が圧倒的に少ないことに気が付き、また、外の新鮮な空気を吸いたくなったのも重なって近くのコンビニに歩いて出かけた。
その時だった。

どっく前電停付近のこの空気は昔から変わっていない。

そう思った。

どうしてそう感じたのか、少し考えてみた。もちろん少し考えてみただけではちゃんとした答えが浮かぶわけがない。でも、ひとつだけわかったことが、道路を走っている車の数が少ないこと、時間がとてもゆっくりゆっくり流れていること。
これは50年以上前から全く変わっていないことだと気付いた。

そう、街の持つ空気は何も変わっていないのだ。
変わったのは、人が少なくなったこと。大黒通の店舗が激減したこと。子供を見る機会が少なくなったこと。

考え方を変えると、「昔」という空気層が汚染されずにきれいなまま残っている。そんな街なのかもしれない。
赤川通や産業道路や昭和・石川という地域を車で走っていると、「なぜたかだか26万人程度の都市の道路がこんなに混雑していなければならないのだろうか?」という疑問を持ってしまう。どうして函館の人々はこんなに空気層が違う場所に住みたがるのか?函館独特の空気層を持っている地域に住むと、こんなに混雑もしていないだろうに。

ともかく、西部地区の空気層は変わっていなかったことに気付いた。だから、ひょっとして西部地区は衰退したわけではないのではないかと思った。
「函館」が持っている独特の空気層はそれほど変わっていないのだ。ただ、違う空気層を好む人々が、函館市という市街地の一部に集中して住んでいるのだと思った。

しばらく間、私は函館の街についてよほど気が向かなければ(あるいは、どうしても我慢できずに)話さず控えて来た。
でも、再びゆっくりとこの街のことを話し始めようと思う。できるだけ淡々と、話すべきことを、ゆっくりと。
今自分が住んでいる街が持っているなだらかなリズムのように。





いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_22343364.jpg


哀しみの時期が過ぎると愉しみの季節がやって来る。
哀しみの季節には、苦しくて寂しくてもがいている間に何かを生み出している。そして、それを愉しみの季節に消費してしまう。
だからまた悲しみの季節がやって来る。

ずっとずっとその繰り返しだった。



いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_00310186.jpg


a0158797_00315330.jpg


a0158797_00325152.jpg


a0158797_00333598.jpg



いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_23443333.jpg

生きていると思いもかけないトラブルに巻き込まれ、本人にはその認識がないのに不利な立場に陥られることがあるます。
私はその都度何とか最も適切な対処をし、問題を最小限にくいとめる努力をしてまいりました。
それが私の仕事であり役割であり立場であった。そういう仕事をしなければならないミッションがあった。

そのようなトラブル処理をする際に、一方的にこちらが悪いとされることもある。
そのような場合、第三者ははそれまでの経緯やことの内容を確かめることなく、その場の事象だけで判断してしますことがある。

つまり、ちょっとしたことで悪者にされていしまうことがあるということだ。





You could have done better but I don't mind
You just kinda wasted my precious time

But don't think twice, it's all right



いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_22462954.jpg

年齢と共に、傷付くことに鈍感になって来ている。
若い時、些細なことで大きく傷付き、まるでこれからの人生をダメにしてしまうのではないかと悩んでしまったことがよくあった。
結局その時は自分の将来に対して、加えて自分に対して自信なり確信なりを全く見つけることができなかったからではないかと思う。

a0158797_23024959.jpg

いい歳になった今でもそれは全くないとは言えないが、おかげさまでかなり鈍感になっている。
それはされである意味幸福なことなのだが、それと引き換えに残された人生の時間は着実に少なくなりつつある。

a0158797_23052112.jpg

そんな状況にいる中、心のどこかから時々「いい思い出をのこしてもいいんじゃないか?」ということだ。
いい思い出は、それは人によって違うだろう。これだということは誰にも定義できることではない。それは本人の問題なのだから。
でも、ひとつだけ言えるのは、本当に誰かを傷付けることがなく、迷惑をかけることがなければ、世の中の常識など関係なくやりたいことをやれるだけやっていけばいい。
多少のタブーやありきたりの倫理など度外視して、心の底から欲するものをやっていけばいい。

そして、素敵な思い出を作ればいい。でも、それは誰かに話す必要はなく、ずっとずっと胸の中にしまい、墓場まで持って行ってもいいものだと思う。
理想の自分の最期の言葉は「楽しかった」それを言って死ねたら、これほど幸せなことはないだろう。
そのためにも「素敵な思い出」は、まだまだ私には必要だる




いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村

a0158797_22214220.jpg

5月の下旬から夏並の暑さになり、函館でもあちこちでエアコンの稼働が始まりました。
以前にもこのブログでお話ししましたように、私はエアコンが大の苦手で、温度設定が低い(つまりエアコンがフル稼働する)と、体のあちこちに骨の髄までの寒気を感じ、風邪のひき始めのような微熱が出、筋肉が収縮し疲労感抜けなくなります。
それは私にとってはもう地獄のようなものです。
そして、それは私だけではなく、意外とたくさん人(特に女性)も似たような体の状態になっていたようです。

ある時、このエアコン地獄、今ではほとんどありえない、昔の非喫運者にとってのたばこ地獄と似ているのではないか頭に浮かびました。
昔のオフィスの喫煙者のディスク上には、当然のように灰皿があり、仕事をしながら煙草を吸うというのは当たり前の光景でした。中にはチェーンスモーカーもいて、室内のたばこの煙の密度は、嫌煙者からすると耐えがたいものだったでしょう。
しかし、その当時はそれが「当たり前」であったし、お客様が来たら「おもてなし」として当然のようにでかい灰皿が差し出され、そこでもプカプカと煙草をあらゆる人たちが吸っておりました。それを、嫌煙者はじっと耐えていました。仕方ない。たぶんそうだったのだと思います。

ところが世の中が次第に「喫煙は悪だ」という風潮になり、まずディスクから灰皿が撤退され、基本オフィス内禁煙、よくて喫煙室があるというのが当たり前になり、今では喫煙者は採用しないという企業まで現れています。
これは時代の流れとして仕方のないことなのかなと思いますし、未だに喫煙者である私は、公共の場ではでにおいが全くしない電子タバコを利用したりしています。どうしても紙巻きたばこが吸いたければ車の中あるとか、ともかく非喫煙者にご迷惑をかけない範囲で「嗜好品」を嗜んでいる次第です。

そのように中で、エアコンだけは稼働して当たり前、お客様への「おもてなし」をするためには、より風量を強力にして涼んでもらおうという傾向が(今に始まったことではないですが)続いています。でも、同じ空間にいる他の者にとっては、それは地獄以外の何ものでもないのです。そして、エアコンは地球温暖化現象に拍車をかけている張本人のひとつであります。また、エアコンが普及したために(つまり体が暑さを感じない機会が増えたため)汗を掻くことができない人が増えているようです。
そんな「健康被害」「地球破壊」を増長させているエアコンを、どうして誰も煙草のような「悪」だと訴えないのでしょうか?
何のためのクールビズなのでしょうか?

このエアコン必要な方々は一種の「エアコン中毒」と呼んでも差し支えないでしょう。その中毒者のおかげで体質に合わない人々にとっては、煙草を嫌った人々のように耐えがたいけどとりあえず耐え忍んでいるものとなっているのです。まして、悪質なのは地球破壊の手助け、大都市気温上昇の一助となっていることです。
煙草を吸うという「公共的な公共間」の問題ではなく、エアコン中毒は地球全体に影響を及ぼす問題なのです。
どちらがより深刻な問題なのかは、言わなくてもわかりますよね。

時々、。禁煙をしたら太り体重が増えたという人がいます。そういう方々は当然しっかりと皮下脂肪を蓄えているため、煙草の代わりに常にエアコンが必要となっているのではないかとも想像できます。

そんなわけで、私は「嫌冷嫌」を主張したいと宣言いたします。
嫌煙権の主張も、始まりはこんな感じだったと想像したいます。
本当に、本来エアコンは「暑くて熱中症などにならない程度に室温を下げれば」いいことのはずなのですが、いつの間にか、「寒い」方が「おもてなし」している気分になったようになっていたり、平常時でもエアコンを付けなければどうしようもならない「エアコン中毒者」を産んだり、じわじわと地球温暖化を増長している。また、エアコンによる健康被害を受けている者もいる。


さて、そんな中であなたはまだまだエアコンの温度設定を低くすることができますか?





いつもお読みいただきありがとうございます。どうか二つのクリックお願いします。(笑)

 にほんブログ村 地域生活(街) 北海道ブログ 函館情報へ
 人気ブログランキング     日本ブログ村