タグ:函館の出来事 ( 280 ) タグの人気記事

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今から7年前、私は函館で見かける「愛の姿」を敏感に捉えて撮影していた。
愛といっても男女のものだけではない。
人がいれば、そこには何かしらの愛情がそこにあるはずだ。その姿と函館の風景を一緒に撮りたかった。一時期そんなことばかり考えて撮っていた。

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愛の形はさまざまだ。そして、それぞれの愛情を私が感じた時にシャッターを押した。

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それらはとても素朴なものだった。だから美しい。



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とある古民家にあったミシン台を撮影。昔、ミシンメーカーの「BROTHER」が一時期兄弟種として、「SISTER」を販売していたようで、このミシン台にはミシンそのものはありませんですが、全国的にも貴重なものであるそうであります。

うーん、アンティークはどうしてこうも人を惹きつけるのだろうか。



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4月22日は春のバル街だった。
私はずっと仕事のことなどで忙殺されおり、直前になってから今年の春バルが22日だったことを思い出した。もちろんチケットも買っていない。
そうなると不参加ということが自然な行動の流れなのですが、なぜか今年は、バル街で行き交っている人などを見たくなって街にくり出しました。

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日曜日の夜といういつも起きる現象として、人通りはとても寂しいものでした。チケットを持っていない私は、バル開催店には何となく入りづらく、結局ただ街をぶらぶらしただけで、コンビニで酒のつまみを買って自宅に帰ることにしました。

そして、その帰り際撮ったのが今日の写真です。

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どうして参加しないことに無頓着になったのか?それはやはり男が一人で歩きにくい環境になったからではないのかと言い訳を自分に訊かせる。特に日曜日は日中の人の出が多いためだろうか、夜は本当に寂しい雰囲気となってしまう。

私が函館に戻って来て初めてバルを経験した時は、エネルギーに溢れていた。街を歩いていると参加者のエネルギーでこちらも高揚し、まるでお祭りを楽しもうとかという気持ちになった。それは函館に戻って来た時に感じた函館のパワーだと思った。そのパワー渦の中にいると、自分までが当時とっくに50歳を過ぎていた男でもそのパワーに包みこまれたままで酒を楽しみたい。そんな気持ちになった。まるで青春のようだった。

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でも、今、青春は終わったのだと思った。

確かにバル街から始まって、色々なお店で知人を作り、楽しい飲み会をいくどとなく行った。仲間も増えた。
でも、私はどこかでいつも孤独だった。

それは仕方ない。若い人たちが何人かとグループを組み、話しながら楽しく回るのとはちょっと違う。

仲間はたくさんいるけど、孤独。

今度は私をバルに連れて行ってください(笑)




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このブログで開設当初の2年間ぐらいに語っていた函館の「こうならなくてはならない」姿、つまり街並について、多く語って来た。
そしてある時からあまり話さなくなった。

その理由の一つは、あまり同じことをしつこく語っても効果がないだろうと思ったことと、言葉だけでは根本的に帰ることができないだろうとと考えたからだ。

だが、その自分の思いが「現実のこと」として行われる可能性がが出て来た
街を変えるためには二つのファクターが必要だ。ひとつはソフトの面。それは個人でもできる街に対して自分の思いを具現化していくこと。例えば西部地区でカフェなどの店舗を開業すること。
しかし、それと同時並行してハード面、つまり、街そのものの形態をを変えること。例えば30坪の土地を3つ集めて90坪の土地に何か施設なりを作ること。あるいは、現代のトレンドに合わせた住宅街を出現させること。
そのようなソフト面では補えないことも、また、ハード面では補えないことが同時に行わなければならない。

もちろん、口外できないことが山ほどあるが、今私はそのハード面に関わろうとしている。
すぐに結果が出るものではない。しかし、確実に函館市も他の団体もその方向に向かっている。

ちょうど、スロートレインがゆっくりと、でも着実に目的地に向かっているように



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2016年2月18日に撮影された写真です。
道路わきの雪山はありますが、今の半分くらいしかないように思えます。

そして市電の運転席に最も近い座席から撮った写真。

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日本で初のローカルFMラジオ局、FMいるかで1994年より24年間にわたって市民にその声をずっと続けて届けていた山形敦子さんが1月31日急逝されたようです。
彼女が担当していた「暮らしつづれおり」には私も含め、私の友人知人が多数出演させていただいた。常連のようにたくさん出演していた方もいたようです。
私は2度この番組に出演させていただいた。
一度目は2013年の10月30日、二度目は2016年7月6日だった。上の写真と次の写真は最初の出演の時のもので、下の写真は、その時山形さんが「顔は写さないでね」というご要望をしたのでそれを守ってこのようなショットとなったものです。

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山形さんについて、何か話そうとしたけれど、何も言葉が出て来ない。何か言葉を選ぼうとしても全部不自然で適切な言葉にはならない。
ここ2、3年函館で活躍されていた方々が亡くなったという知らせをあまりにも多く聞く。その度に心が揺れる。

細かな事情はわからないため、一般的な感想になってしまいますが、亡くなる間際まで自分に与えられたことをやっていられるのは、ひょっとしたらとても幸せなことなのかもしれない。私も死ぬ直前まで若い女の子に「写真のモデルにならない?」と声を掛け、ケツを追うようなジジイでありたい。

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そんな冗談はともかくとして、今は山形敦子さんに感謝するとともにご冥福をお祈りいたします。
今まで、函館の日常の声として電波を通じてそのお人柄をとどけていただいたてありがとうございました。



また、函館の一部を失った気がしました。
毎年冬には哀しみがやって来る。



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元町、南部坂の「cafe D'ici」の席がひとつ増えました。実はずっと前にステップアップフロアに壁に向かって雑念なく本を読める一人席ができていたのですが、今年になってから入口横の窓下に、以前雑誌などを置いていたスペースに、同じく一人席が新設されました。

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私はほとんど一人で行きますので、今度ここに座ってみようかとも考えましたが、D'iciに入ろうと思ったお客さんが入り口付近で私と目が合い、あっるこんな親父がいるならやめておこうかと帰られたら申し訳ないので、いつも通りカウンターの隅でこそこそしているのが一番ご迷惑をかけないことだと、引き続きカウンターにいることになるでしょう。
だから私にとってのD'iciの店内の雰囲気は全然変わらない。

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いつものように珈琲を飲んでボケットしていることだろう。



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今日は風も強く、ただでさえ最高気温が零下の氷の世界だったのに、それ以上に寒く感じましたね。
そんな中、昨日廃業や解体の話をした同じ姿見坂で、坂下の電車通りより浜よりの場所にもう少しで新たなお店の開店準備をしている様子を撮ってまいりました。
ちなみにこの画像、吹雪のため車の中から撮ったため、余計に画像が雑に見えますが何卒ご理解の程を・・・・。
少し引いた画像はもっと雑に見えます、といいますか、単に吹雪を撮ったのでは?と思われても仕方ない仕上がりとなっています。

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これを見てすぐ場所が分かったかと思いますが、そうです、ロマロマの隣にできるのです。

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お店の名は、「BENTEN CAFE&DINING」という非常にわかりやすい名称です。どうやら本町や大門で居酒屋や料理屋さんを営んでいる企業がこの建物を利用して営業するようです。この時はご覧の吹雪のせいもあり中はよくわからなかったのですが、夜たまたま通りかかったら、室内の照明から映り上がったシルエットから察すると、大人向けの空間になるのかな、という印象を得ました。

今は、これくらいのことしかわかりませんが、あえて弁天町という場所に店を構えることにしたのには、どんな思いがあったのか。開店して中に入ってみるのが楽しみですね(笑)




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また西部地区の風景が変わった。
弥生町のバス通りに面する弥生湯が昨年10月末で廃業し、その隣の今野商店が解体された。
もう少し引いて撮った画像をご覧になっていただこう。

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ほんのわずかだけれど、残っていた姿見坂の過去の賑わいの面影がこれでほとんど痕跡がなくなった。
4年半前に撮った弥生湯と隣り合っていた今野商店。

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この今野商店、西部地区であればどこにでもありそうな、昭和9年の函館大火後の和洋折衷建築物で、外壁を変えたためにそれらしく見えないかもしれないが、ちゃんとした持ち送りのある典型的な建物であった。地味ながら私の好きな建物の一つであった。
今野商店跡には一般住宅が建築されるという話だが、というより一般住宅を建てるために解体されたようですが、このお店の前にはベンチがあり、お年寄りが座って一休みをしながら雑談をするとても小さな社交場となっていた。

それがなくなるとますますお年寄りは自宅に籠ってしまうのではないか心配だ。
また、弥生湯の廃業でついに西部地区で営業している銭湯は大正湯だけになってしまった。普段銭湯を利用していない私が声を大にして言えることではないが、これでますます風呂が付いていない古い借家などは住む人がいなくなり、今後解体される建物が増えるのではないかと危惧している。

それは今に始まったことではない。ずっとずっと前から西部地区から人が去り、そのために廃業する店舗が増え、不便になったからまた人が去ってしまう。そして何とか頑張って来たお店がついに辞めざるをえなくなる。その繰り返しでかつての繁華街がその面影も無くなるような街並になってしまっている。

いい街、というのはどんな街なのだろうか?
建物を保存してほしいという願いと、それを現実的に応援できない現実と個人の事情。
つくづく街はそこに住む人がいなければ成り立たないものだと思う。どんなにもっともらしいことを言っても、住む人がいなければ、街は滅びるのだ。
残念だ、というそこに住まない方々の言葉は聞き飽きた。快適な家に住み、ノスタルジックな映画を鑑賞するように街を見るのと実際の街の生き死には全く別の出来事なのだ。



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先日の続きです。
私がクリスマスファンタジーに行ったのは木曜日の夜7時頃。大火に平日なので人の入りが少ないのは予想できましたが、写真の通り、本当に僅かの観客しかおりませんでした。
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ひょっとしたら日中よりも歩いている人の数が少ないかもしれません。また、クリスマスファンタジーという行事があってもなくても歩いている数は変わらない。そんな印象を得ました。そして、楽しんでいるのは東洋系外国人が目立ち、日本人観光客や地元民と思われる人々はとても少なかったような印象でした。

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さて、かくいう私も昨年は一度も訪れませんでした。理由は、毎年変わり映えしないからです。約7年前からしばらく続けて行っていたのですが、2・3度見たら、次はまた同じようなパターンで、という印象を持ってしまい、わざわざ寒い中行かなくてもいいかという気持ちになってしまいます。

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今日本各地で冬のイルミネーションイベントが行われています。それぞれのコンセプトや予算があるのでひとくくりで話すことはできませんが、もう少しイルミネーションを飾る範囲を拡げてはいいのではと思っています。
例えば、会場から続く七財橋の欄干にも付け連続性と広がりを持たせ、その延長として巴大橋のにも付けると「ツリーに続く道」になるでしょうし、二十間坂下通りは中央分離帯だけではなく、両側の歩道の樹木にも取り付け、「お祭り感」をもっと演出してほしいものです。そして、私たち観客はそれらの光に導かれるようにツリーに足を向ける。そして、その途中でちょっとしたお店に寄ってお茶やお酒を飲んで、たっぶり「光」を楽しむことができたら、きっと私たち地元民ももっと楽しむことができるような気がします。

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ともかく、せっかく一部の方々が頑張って維持しているのですから、周囲の施設も協力してベイエリア付近の12月は光に溢れているという風景が当たり前になるようにしてほしいものです。




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