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厚沢部町・鶉ダムの岩肌。

<これは2012年2月から3月初めにかけて、私が函館市内の各地域の特性を考えて、将来こうなればいいという構想図を言葉で表したものの原文であります。当時は何日か置きに書いたりしていましたが、今回は全10章をひとまとめにお読みいただければと思い。再投稿したものです。文章は約6年近く前のものをそのまま使用しています。
今後函館をどうしたらいいのか、皆さまが考えるヒントになればいいと1章から最終章まで順番通りに通りに全てそのまま再投稿しました>

「中心市街地活性化」かーに関する記事の続きを書こうと、休日の今日、ゆっくりと函館市のHPを開いてみたら、新しい「函館市都市計画マスタープラン」を策定したとの新着情報を見た。そこでそのページを開いて読んでみるとびっくりした。
私がこのブログを開始して以来、一貫して訴えてきたことが、ほとんどそのまま「まちづくりの基本方向」と「まちづくりの方針」の現状把握と今後の理念として挙げられていた。もし疑われるのなら、本ブログを最初からお読みいただきたいが、それも大変面倒なことだろうと思うので、ここで私が訴えてきたものをまとめてご紹介したい。

1.函館市をコンパクトシティーに
 
 人口が減少する中、市街地の拡大は何の意味もなさないどころか、不必要な市街地拡大は単なる自然破壊にしか過ぎなくなる。また、人口減少は必要とされる家屋数の減少にもつながる。現状の市街地のままでも空地が散見するのに、このまま人口減少を続け、繁華街がいくつもあると、函館市は点在する村の集合体となってしまう可能性がある。つまり、函館郡美原村や本村や若松村のような規模に縮小してしまう恐れがあるということだ。
 これは大袈裟としても、少ない人口の割に広範囲に公共サービスを実施しなければならなくなり、人口減によって見込まれる歳入減の市の財政を大きく脅かす存在となる。

 それだけではなく、生活に必要な機能が分散することは、高齢化する社会に対応できないことは明白。もし現状のままこれ以上の高齢化社会を迎えたら、市民全員が高齢者のお世話を常にしていかなければならなくなるだろう。現在でも不便であるのに、今後はそれがより顕在化することになるだろう。

 この解決策としては、市街地のコンパクト化しかない。機能を極力集中させ、高齢者が利用しやすい環境を整えることが必要だ。そのキーワードとして「歩ける街」というものを、私は掲げた。歩いて楽しい街なのか、歩いて用を足せる街なのか。これが重要だ。
 大都市がなぜいつまでも大都市なのか?それは「歩ける街」だからだ。札幌がそのいい例だ。札幌はどんなに市街地が拡大しても、中心地は札幌駅前からすすきのの間である。近年は客足が大通から駅前に移ったようだが、それでもエリア全体としては不動だ。ここを中心として地下鉄で移動すると、各駅前もまた歩いてそれなりに最低限の所用を済ますことができる機能を有している場所が多い。

 これに対して函館は、車がなければ不便極まりない街となってしまった。それはなぜか?これは函館だけに現れている現象ではなく、どこの地方都市でも問題とすべき事柄なのだが、わかりやすく説明するために、函館の例をあげよう。
 それは、現在の都市計画が、人口も経済も地方自治団体の歳入も右肩上がりであろうという大前提に基づいたものだったからだ。その前提でできたのが産業道路周辺の街だ。その中心となっているのが美原地区だが、ここを中心として奥側に市街地が拡大していった。つまり、現在機能的に函館の中心となっている街は、前時代の思想による「まちづくり」だったのだ。

 「前時代のまちづくり」、つまり車での移動を前提とした街並だ。どこの都市も、それを基準に都市計画を策定していた。車のアクセスが街を発展させるという「日本列島改造」神話だ。これは、産業の発展という点では大いに貢献した。それは否定できない。だが、住宅地・商業地を交えたものまでにしたのが結果的に致命傷となった。
 車の移動に主眼を置いた道路と住宅地の整備は、機能の分散化を招いたに過ぎなかった。人口と経済がいつまでも右肩上がりであれば、いくつかの中心地ができても、それぞれの場所に機能を持たせることができたであろう。だが、それは地方都市では難題であった。
 人口減少が続く地方都市において、このような前時代の施策は、過疎化を加速させるに過ぎなかった。自分の目で確かめたいというのなら、北海道内や全国の各地方都市を視察してみるといいだろう。同じような現象が起きているはずだ。

 どの地方都市も、車が必要不可欠なまちづくりをしてしまった。その結果、大都市ほどの水準でもない収入の中で、車の購入・維持に占める支出の割合は当然高くなる。そうなると、その他に費やす金額は必然的に低くなる。街に金が回らなくなる。いっそう地方都市の経済は疲弊する。つまり、昔車好きの一部の若者が送っていた、「車に乗るために、食事はカップ麺で我慢する」という生活をしているわけだ。
 だが、人間は錯覚の生物だ。何歳になっても車を運転する生活ができるという思い違いを持っている。それを基準にできた「便利な場所」は発展した。それが函館では産業道路周辺の街だ。

 ところで、歩く街という観点で美原地区を見ると、例えば末広町あたりから20分歩くと、駅前・大門まで容易に辿り着くのに対して、美原の産業道路の交差点から20分歩くとちょうど昭和タウンプラザあたりに着く。末広町から大門までの間には、いくつもの金融機関もあり、市役所もあり、ちょっと道を外れると、気の利いたカフェもいくつもある。古い建物や風情を体に感じながら歩くことができる。では、美原出発はどうだろうか?最初に金融機関と亀田支所があるだけで、あとは荒涼とした風景の中を歩かなければならない。私は、どっちかを20分歩けと言われたら、何の迷いもなく末広町出発を選ぶだろう。車を中心として作られた道路は、産業道路に限らずただ苦痛なだけだ。そして、そこには何もない。ただ点として所々にちょっとまとまった商業施設があるだけだ。

 高齢化社会がますます加速するこれからの時代には、このような街並は「前時代の遺物」以外の何ものでもない。人間は正直だ。郊外型店舗の進出を抑えて、市役所周辺を中心に機能を集中させた伊達市は、僅かながらだが人口が増加している。つまり、高齢者の移住が増加しているということだ。
 歩いて日常的な用事を済ますことができる街こそ、これからの「便利な街」だということだ。

 次回に続きます。




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風力発電機と山々。江差町にて。

前回、現在の中心市街地と言われている美原地区を、「前時代の思想による街」と呼んだ。どうしてそのようになったのか。それは、車中心の道路整備によってできた街だからと述べたが、それによって歩けない街になってしまったのも流れとしては当然のことだ。また、その背景には、大型商業店舗が集まっており、それらが車で乗りつけて買物をすることが前提となっている施設であることも拍車がかかってしまった。
このような街並では、庶民が享楽できる店舗は育ちづらい。一番いい例が、飲食店だ。それも飲み屋さんである。歩けない街に酒を飲みに行くことは困難だ。私も最も落ち着いて酒が飲めるのは、自宅に車を置いて、車のことを何も考える必要のない状態になった時だ。だから、今も酒を呑むのは本町が中心となっている(個人的には大門で飲むのが好きだが)。札幌が大都市である理由のひとつは、いくら客足が衰えたとはいえ、絶対的存在として「すすきの」が存在していることにある。馬鹿なことを言うなと思われるかもしれないが、街の繁栄のためには「色々な意味」ですすきののような歓楽街が必要なのだ。また、カフェや雑貨店等の若者向けの店舗も然り。

つまり、美原地区は本来、週末に家族で車に乗ってまとめ買いなどをする、「郊外型店舗」中心の街であるべきだったはずなのだ。それがなぜか住宅地も兼ね備えた中心的存在になってしまった。これは衰退型地方都市の典型的スタイルである。函館がそのようになってしまったのには、単なる都市計画上の問題だけではない。旧市街地の借地問題や建築基準法上の許可が下りない道路、一個の宅地が狭小であるなど、現代生活にそぐわない要素が多くあったということも大きな原因だ。
そのため、ある程度の広さを持ち、自己所有できる住宅地が産業道路より山側に出現した。これによって土建業・建築業はある程度潤った。特に今の北美原地区の開発は広大なものなり、バブルが終わってからもなお、しばらくの間、函館の建築土木業にはその恩恵があったはずだ。建築土木業にとって、原野を道路や宅地などに変えることは将来の仕事を約束されたものだから、市街地拡大の都市計画はありがたいものであったに違いない。

ところが、今はというより10年以上前からそんな時代ではなくなった。少子高齢化が将来の課題として挙げられた時点で、都市計画も抜本から見直さなければならなかったのだ。これは全国的な課題だったのだが、函館もやっとその必要性を認めざるをえなくなってしまった。

さて、函館の中心を美原地区に据えると仮定しよう。そのために、高齢者でも歩いて買い物などができる街に変貌させる作業を行うことにしたとする。そのためには膨大な費用がかかるはずだ。街並の再整備や、今でさえ渋滞する交通網の整備のための、道路拡幅や渋滞解消のための新たな道路の敷設、公共サービス施設の移転など、高度経済成長時期に行った開発をもう一度行わなければならない。そんな金が函館市にあるのだろうか?

もうひとつの問題として、仮にそのように整備ができたとしたら、当然また市民の住居移動が始まる。旧市街地は今よりも廃れたものとなるだろう。特に若者が少ない西部地区は見るも無残な街並になるだろう。人が住まなくなった建物は朽ちるのが早くなる。また、街の中心が移動すると、当然夜景も変わる。正直に言って、昔見た夜景の方がきれいだった。どのような夜景か?函館山の手前側が明るい夜景だ。今はまだかろうじて夜景を売り物にできているが、街並が変わるとそれも大きく変わる。その時、観光に変わる主幹産業を構築することができるのだろうか?
もっと平たく言えば、「あんた、観光を捨てて何か市民が食っていける仕事を作れるのかい?その覚悟はあるのか」ということだ。
まさか今時企業誘致という前々時代の手法が通じるわけではないだろう。観光を捨てても市民が食っていける企業となれば、企業本体が大規模で、かつ二次的・三次的に裾野が拡がる産業が構築されなければ難しいだろう。今の函館にそのような企業・産業が誕生する素養はあるだろうか?

物事は全体的に考えなければならない。高齢化社会、それを支える金を産み出す産業、交通網、都市形成等々。観光もその他産業もという都合のいい選択はできないはずだ。そこまでの潤沢な金はない。私たち市民は覚悟を決めて、これからの市街地形成を考えなくてはならない。その岐路に立たされているのだ。

今日、実家に立ち寄ったら、父が雪掻きをしていた。実家に隣接する向こう3軒の家の住人が全て高齢者で、なおかつ、病気で動けないため、80近い父が自宅を含めて4軒分の雪掻きをしていたのだった。病気になっている高齢者たちは、全て父より年下だ。体がとりえの父は、整骨院に通いながらも4軒分の雪掻きを毎日やっている。休日だった私は雪掻きの手伝いをしてきた。
街並を考える時は、暖かい室内の机上で考えるのではなく、高齢者と一緒に雪掻きをして考えなければならない、と思っている。

次回に続く。




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ささきようすけ作品。「道南美術の21世紀」北海道立函館美術館にて開催中。

前回・前々回と美原地区を中心とする産業道路周辺の住宅地を否定的な論調で述べた。それに対して、お叱りとも言えるコメントをいただいた。断っておくが、私は特別に美原方面が嫌いであるとか、住民が嫌いであるというわけではない。ただ、美原地区が中心地化することに、函館の危機を感じてやまないからなのだ。
元々、今回述べようとしていたことに、その危機感も含まれていたため、まずそのことから述べよう。

今回の題材に対して数多くの方からコメントをいただいた。反対意見も多かった。それでこそある意味健全であると思う。だが、残念だったのは、前回私が述べた「観光に替わって函館市民が食べていける主幹産業をどうするのか」という問いかけに答えてくれた方は誰一人いなかったことだ。
街を整備して欲しい、利便性を良くして欲しい、などは消費者的発想だ。それでは、それを実行するための財源はどうするのか、税収を上げるためにはどうするのかという発想は置き去りにされている。国の税収と同じように、探せば無駄な支出は大いにあるだろう。だが、街を整備するという事業に要される金額はそのレベルを超えるところにある。その金をどうやって作るのか?また、今のままの都市形態を維持するにも金がかかる。人口が減り、高齢者の割合が高くなる将来、次第に要求のレベルが上がる市民の公共サービスを、減るであろう税収でどのようにカバーするのであろうか。それを補える、多額の法人税を納めてくれる巨大企業が誕生するのであろうか?

函館市の過去と現在と未来予測の人口を調べてみた。函館市のメイン市街地である、旧函館市(昭和48年、旧亀田市と合併した時の函館市)の、旧亀田市合併直後の昭和50年の人口は、約32万人であった。その頃、旧亀田市(主な地域は、富岡・美原・桔梗・中道・鍛治・本通・山の手・東山・昭和など)は、5万人強の人口しかなかった。ところが、住宅地の拡大によって、平成22年末には、約12万人が暮している。倍以上になったわけだ。ところが、函館市全体(戸井・恵山・椴法華・南茅部を除く)の平成22年末の人口は約約27.5万人しかいない。
これを何を意味するか?つまり、現在の市街地(戸井などを除く)は、約40万人以上が居住できる広さを持っているが、その7割にも満たない人口しかいないということだ。それが、平成47年には人口が19万人になるとの予測が発表されている。つまり、今の市街地の半分の土地は不要となるということだ。

これをもう少しわかりやすく説明しよう。かなり大雑把になるが、湯の川からの電車通りを函館港に向って万代町あたりで分けたとして、函館山方面でも、美原方面のどちらでもいいが、半分に人が全く住んでいないのとほぼ同じ状態だということだ。
もしこのような人口で現在の市街地を維持するとすれば、無人の半分の地域の道路の舗装の修繕や水道維持・下水の処理、ゴミの収集などを、誰も住んでいないのに行うのと同じことになるのだ。そうなると、公共交通機関などは、便数の増加などのサービス向上どころか、まだあるだけましという状態になる。恐らく減るであろう公務員は、その少ない職員数で、割合的に広くなった地域の公共サービスを行わなければならなくなる。当然公共サービスの質は低下するだろう。

これらを補うのがコンパクトシティなのだ。この考えは生産者的発想になるとわかるであろう。現状の社会を消費するという発想の下では、私の考えは、ネガティブだとか否定ばかりだとか思われるかもしれない。だが、どう思われようが来るものは来るのだ。今のままずっと暮していける可能性はかなり低いということだ。

さて、ここで言う消費者的発想とは、「現状の収入が続くと思い、より自己が受けるサービスの向上を期待し、社会に対して要求する」考えである。生産者的発想とは、「その消費を支えるために、経済的・社会的・地域的基盤を作る」考えである。この双方がバランスよく成り立っていれば問題ないのだが、今は、消費者的発想の方が世の中に幅をきかせているのが実情だ。だから国レベルでは赤字国債の発行を続けなければならないのだと思う。公務員の無駄遣いも、「自己が受けるサービスの向上」のためだ。

札幌のような大きな地域の中心地という役割が与えられている都市は、商業都市として成り立ち、消費者的発想が幅をきかせていても吸収できる部分が多い。しかし函館のような地方都市は、何かを生産していかなければ、衰退の一途を辿るだけだ。だから、市民は産業のことも同時に考えなければ、全体的な視野に立ったとは到底言えない。

とても残念なことだが、今の市街地を維持することは、将来的には困難だといわざるをえない。そのためには、市街地を縮小するしかない。市が今回発表した都市計画マスタープランで示した将来の市街地でも広いくらいだ。
では、街全体をどのようにコンパクにしたらいいか。次回はそのことを説明します。




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濱田啓塑作品。濱田啓塑のうつわ展「はる Ichiban・・・幸せの予感」ギャラリー三日月にて開催中。

少し間が空いてしまったが、今回の記事は執筆に時間がかかると思い、休日前夜に取り掛かることにした。さて、私は前回まで一度も「駅前を中心街にするべし」とは発言していない。しかし、都市計画マスタープランを肯定的に表現し、そのマスタープランには駅前の再興を目差すかのような指針が示されており、ちょうどタイミング良く「中心市街地活性化協議会」なるものが、駅前を中心地として据えた提案を発表したばかりで、なおかつタイトルが読み方によっては駅前を函館の中心地にしようと捉えられてもおかしくない表現になってしまったため、私の持論が昭和40年代前半までの函館市の再現を提唱していると誤解された方もいらっしゃるだろう。
だが、私はずっと前から本ブログにおいて、駅前は商住混合地域にすべきだと主張している。では、私が考えるコンパクトシティーとはどんなものなのかを述べてみたい。

2.コンパクトシティーにすべき理由(現状)と施策
(1)交通網
現在、旧亀田市の道路は朝夕の混雑がひどい。この原因として考えられるのが、北斗市・七飯町からの乗り入れも含めた通勤によるものであり、人口分布上の原因も大きくある。だが、それに加えて、通り抜けることができる道路が少ないことが拍車をかけている。
この地域は近年いくつもの道路が新設や拡幅されているが、それでも大きな渋滞解消には至っていない。そして、今後も渋滞解消できる要素はない。なぜなら、この地域には道路整備をできない事情があるからだ。

旧函館市と旧亀田市が合併すると、急激に市街地が旧亀田市側に広がった。その広がりに伴った道路整備計画をとることができなかったため、特に、富岡・昭和・鍛治・中道地区には行止りがある私道が数多くある。道路幅は狭く、とてもではないがバスの通行が可能なものではない。
ちなみに、私道を公道にすると色々な面で整備が進むのではないかと思うかもしれないが、公道に認定されるためには「通り抜けできる道路」でなければならない。この地域は、元々農地であった土地を、住宅地が拡がったために、農地所有者が切り売りしてできた住宅地がいたる所にある。建築基準法上では、4メートル以上の道路がなければ建物を建築できないため、とりあえず売る箇所だけその基準を満たしたと思われるような道路が数多くある。

そのように私道が作られたため、舗装が進んでいない地区が随所に見られる。舗装道路とは、市が上下水菅と雨水菅の敷設を含めた全てを施工・管理している道路のことだ、一方私道の舗装は道路所有者の任意であるため、あっても簡易舗装(表面だけ舗装する)に終わっており、また、道路地下に上下水道管を敷設するにも道路所有者の承諾が必要であるため、整備が進まない場合もある。
実際、市街地のど真ん中で、前述の承諾をしていない地主のために、下水道が通っていない場所もある。今時だ。その地域ではいまだに汲取り式の便槽を使用している。

また、現在は公道でも、昔私道であった道路に敷設されている水道管が私設のものであることも多い。信じられないかもしれないが、美原地区に目立って多い。恐らく産業道路が大きく拡幅されて市街地化が進んだ頃に、住宅地開発を行った不動産会社が敷いた水道管であろうと思うが、これも市のものではないため、仮に老朽化したからといって、市が勝手に交換をすることができない。
信じられないかもしれないが、旧亀田市にはこのような盲点が多い。いわゆるライフラインが不安定であるということだ。

さて、話が逸れたので交通網に戻そう。旧亀田市にはこのような難点があるため、旧函館市のような碁盤の目のような道路網を築くのは不可能だ。近年盛んに行われた道路拡幅・新設は、新外環状線にアクセスするための道路整備であり、新外環状線が完成したら、旧亀田市地区での道路整備は行われないとのことだ。都市計画図上での「計画道路」はあるが、予定は全く立っていないという。
つまり、今以上に良くなるということはないということだ。

これは何を意味するか。幹線道路・準幹線道路、つまりバスが通行できる道路の間隔が広いということだ。バス通りとバス通りのちょうど中間点に住む住民、特に高齢者には、バス停まで歩く距離が長いのは大変である。
その点、旧函館市は、幾度もの大火の経験から、広い道路が狭い地域の中に幾本もある。宝来町電停から松風町電停を通り五稜郭公園前、そして赤川通りに至る道路。高砂通り、八幡通り、どつく前電停から駅前・昭和・七飯町に続く、国道279号線・国道5号線の4本もの道路が、函館港と大森浜までの狭い地帯にある。これは、コンパクトシティを目差す上で重要だ。歩ける街には、近くにバス停・電停があることが必要である。

このように、自家用車を利用しない交通網という点では、旧函館市の方がはるかに整備できる可能性が高い。後は人が住めば、バス・電車の運行本数も増大できる。

次回に続きます。




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宝来町・銀座通り。

今夜2度目の記事の投稿となるため、簡単に記します。
詳細は次回に解説いたします。ご意見のある方は、次回をお読みいただいてからお願い致します。

(3)新中心地と他の地域の役割の提言

函館の中心地として提案する場所・・・・新川町から千代台公園
本町方面・・・歓楽地、商業地区
駅前・大門方面・・・住宅地・商業地
湯の川方面・・・スポーツ施設集中地域、スパ地域
十字街方面・・・デザイン他のクリエイト産業地域
西部地区全体・・・中年以上の居住区
美原、石川、昭和、桔梗方面・・・北斗市、七飯町所在企業の就業者の住居地域

以上の大きな分け方をしました、その理由と効果については、次回詳しく述べます。




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高井秀樹作品。道南美術の21世紀<いま>と<これから>、北海道立函館美術館で開催中。

今、函館は道路状況が非常に悪い。大雪が降った後、道路の両側の雪山が広がり、片側二車線の道路が一車線になっていたり、走行できる道路もデコボコの上に凍って、非常に滑りやすい状態になってしまっている。要は、除雪がなかなかはかどらないから、このようになってしまっているのだが、それほどの予算も採れない市の財政であれば仕方ないというしかない。
その反面、隣の七飯町や北斗市では、かなり除雪が進んでいるという。このような違いは地方自治団体の財政の問題もあるかもしれないが、道路の本数の違いもあるかもしれないと推測する。違う言い方をすると、函館は、予算の割には市街地が拡がり過ぎている、ということになるのだろうか。

さて、前回提示した、函館の新地域役割について具体的に述べてみたい。

<中心地>
私は、新川町から千代台公園にかけての地域を函館の中心に据えるべきではないかと、ずっと考えていた。この地域に、主たる庶民向けの公共施設を集中させ、公共サービスを受けやすいようにしたらどうか。そして、ここを中心に高齢者が住みやすい住環境を整えていったらどうかと考えている。

そのシンボル的存在となるのが、市役所だ。現在東雲町にある市所有地と新川町・上新川町にある国の所有地を交換し、市役所を新川・上新川地区に移転させる。そして、東雲町に国の施設、裁判所や合同庁舎などを集合させる、という案だ。

この場所が絶妙な位置関係になっている。このあたりを中心として、周囲を住宅街に再構築すると、高齢者や「歩いて暮らしたい人」にとっては、この上ない環境を得ることができる。
ここから大門側には自由市場がある。そしてその先はショッピングできる駅前・大門地区だ。本町側には、途中に中島廉売があり、その先は本町の繁華街だ。
また、医療機関も近い。赤十字病院はすぐ目の前、共愛会病院や中央病院も近い、海岸町の高架橋を使うと、市立病院もそれほどの距離ではなくなる。救急車で搬送される時でも、病院までの到達時間がぐっと短くなる。

高齢者の方は、その日の用事と気分で、本町か大門のどちらかへ遊び、ないし買物に行けるし、病院へも、体調がよければ歩いて、そうでなくとも電車かバスの短い乗車時間で到着できる。

また、新川・上新川地区と本町の途中にある千代台公園の野球場と陸上競技場・市民プールを移設し、より一般市民が日常的に使う頻度の高い施設を建設し、散歩もでき、施設も利用できるという、現在のスポーツ公園から総合公園と用途を変更させると、高齢者や車であくせく移動したくない市民のオアシスとなる。例えば、図書館を千代台公園へ移設してもいいだろう。様々なイベントができる施設を作ってもいいだろう。今はそれなりの広さを有するイベント会場が少なすぎる。
スポーツ施設は湯の川地区に移転させる。なぜ湯の川なのかは後述する。

現在ある新川・上新川地区の国の施設は、一般市民が使用する頻度は非常に少ない。比較的利用されるのは職安だけだろう。その他は現在の位置でなくとも、そう支障がでないと思われる。まさかたくさんの市民が毎日裁判を受けたりしないだろうし、そうであってはならないだろうし(笑)
ここで東雲町にそれらを収納する土地があるのかという疑問をもたれるかもしれないが、市役所の前後にある広い道路の区画を変更すると、けっこう広い土地を作ることができると思う。そこに国の施設を建てるといい。ただ、費用的な面を考えると、市役所と合同庁舎を交換し、職安の場所に市役所別館を作るのが経済的ではないかとも思う。職安は大森町のサンリフレに移設しても充分ではないかと考える。

この新川・上新川地区は、どの方面から向かっても、到達しやすい場所にあり、函館の機能の中心地としてはベストだと思う。ここを中心に、特に高齢者を中心とした住宅地を作ると、無理のないかたちで、住・政・医・遊の環境を整えることができるのだ。
また、高齢者は役所が近いと安心する。何かあった時、高齢者は役所に相談したいものだ。函館がコンパクトシティとして市街地を縮小するという前提で考えた時、この場所が中心地となるのが最も相応しいと考える次第であります。

中心街は「商」を中心として考えるべきではない。住環境つまり「人」を中心として考えるべきだと思う。特に人口が減少する今後においては、人を大切にする街並形成をする必要がある。それを大前提として、このアイディアは生まれた。

その他の地域については、次回以降に説明します。




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どうして・・・(7)の前に、番外編として先日東急ハンズのトラックマーケットが4月13日より10月14日までWAKOビル1階にオープンすることや、「函館市美しいまちづくり検討会」の提言の中間報告、函館駅前再開発構想など、駅前に関する動きがこのところ活発になっているため、簡単に(いくかどうかわからないが)私なりの考えを述べたいと思う。

まず、以前取り上げた「中心市街地活性化協議会」の素案と「美しいまちづくり」と駅横の駐車場再開発が関連性を帯びたものなのか、それともバラバラなのかわからないが、いずれにしても、いったい何をしたいのかがよくわからないというのが正直な感想だ。

もちろん、みなさん駅前地区を賑やかにしたいという願いは持っているのかもしれないが、そのために「何でもいいからやってみましょう」的に各方面から意見だけを集めているような気がしてならない。ここまで人通りがなく、シャッター街となっている街を、大きなプランコンセプトなくして、意見収集だけ行っても何の役に立つのだろうかという疑問を持ってしまうだけだ。
つまり、今やるべきことは、「都市計画マスタープラン」のコンセプトをより具体性を持った形で作るかが大切だと思う。それをなくして、ただやみくもに、あれもやってこれもやってと手を出しても、金だけ使って一部の企業だけが恩恵を受けるという結果に終わってしまうのは目に見えているはずだ。市職員だってきっとそのことはわかっているであろう。それがわからないほど無能だとは思っていない。

例えば、「美しいまちづくり」の駅前からグリーンベルトまでの緑化については、悪くないと思うが、店舗の看板を統一するというのに意味があるのだろうか?まだその具体案が出ていないので、決め付けるのは時期早尚かもしれないが、ただ単に店舗の個性をなくするだけではないのか?それ以前にやるべきことは、(これは検討会の議題の範疇には入っていないが)まず店のシャッターを上げさせることではないのだろうか。
そのためには人を集めなければならない。ではどうしたらいいか。活性化協議会が提言した何とかセンターを作るくらいなら、借り上げ式の高層市営住宅を作った方がずっとましだ。それも、ある程度の家賃の一般家庭向けマンションと高齢者用のマンションをだ。大手町や旭町などの借り上げマンションの入居率は高い。
人を住むと、人が歩く。店舗ができる。廃れたといっても元々の商業地区だ。人が増えると店もできる。観光客が見たいのは、何とかセンターではない。駅を出たら感じる活発な「人の息遣い」だ。市内観光を終え、ホテルに一度戻ってから出掛ける気になる「面白そうな店」だ。それは、人が周辺に住んでこそ自然発生的にできるものだ。その人の営みの雰囲気を観光客は敏感に感じる。札幌が一番いい例だ。札幌には大きな観光資源がなくても、観光客が集まる。いい街だと言う。それは人なのだ。

人は人生のうちで何度か大きな決断をしなければならない時が来る。その中のひとつが、居住用として購入した家が朽ちて来た時にどうするかということだ。大抵、この場合、ある程度の年齢になっている。建替えるほどの予算がない時、検討するのは、リフォームで家の寿命を延ばすか、違う場所に引越するかということだ。
札幌の場合、子育てが終わり定年を迎えた世代が都心部のマンションに引っ越すという傾向が顕著に出ている。そのため、人口がまだ年々増加しているにも拘らず、大きな市街地拡大につながってないいし地価の高騰にもつながっていない。

新幹線開業時に合わせて無理をする必要はない。しばらくは開業効果で黙っていてもある程度の観光客は見込めるだろう。そのうちにじっくり整備するべきだと思う。というより、本当はもう遅いくらいなのだが、慌てて何らかの事業を起こしても、ツギハギだらけのまとまりのないものになってしまうだけだろう。

また、駅横の再開発であるが、商業施設が基本となっているようだが、「近くに人が住んでいない状態で」どれだけの集客ができるか、ということを判断する上で、この度の東急ハンズのトラックマーケットはいい材料となるだろう。
開店当初は物珍しさで人が溢れるだろう。だが、その後必ず訪れてくる「引き潮」の時、どれだけ客足が低下するかがキーポイントとなるだろう。これによって、駅横の商業施設のマーケティングができるはずだ。

ちなみに、トラックマーケットってFCなのですね。まぁ、オープンしたら私も(販売されていたらの話だが)サヴォン・ド・マルセイユを買いに行こうと思っている。それ以外は、今のところ思いつかない。若い頃は、神奈川県の藤沢や、東京の町田の東急ハンズによく行ったものですが、札幌にできた時はあまり行かなかったなぁ。まぁ、久し振りに何があるか見に行ってみましょうか。

ここ2・3日の疲れで風邪を引き、短く終わらせようとしだが、やっぱり長くなってしまった。もう寝よう。おやすみなさい。




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前回の番外編で少し駅前のことを述べたが、今回は(6)の流れを汲んで話を進めたいと思う。

(6)では、中心街を現在の新川町合同庁舎と上新川町の裁判所附近と据えて話を進めた。どうしてそんな場所が中心街であるのか、と思った方もいるでしょう。そこを中心街としたのは、ここかを中心に住居地域と商業地域、工業地域などを考えた方が無理がないからだ。
何度も話しているが、中心街らしきものが3つも4つもあっては、30万人も住んでいない街の機能はまとまりが付かない。そこで、中心街を1つとした。「中心街」という既成の概念上のものではない中心街という意味だ。

中心街という言葉を聞くと、誰しもが繁華街・オフィス街などの混合地域をイメージするだろう。その象徴としては、大規模商業店舗やオフィスビルなどがまとまって配置されていることが挙げられるが、この考えを一度捨てなければ函館の街並はまとまらない。
函館の場合の中心街は、字の如く市の中心地となり、そこから郊外へと街が向かう。この図式にしなければならないと考えた。そうしなければ、人口減少する街の公共交通機関は無駄だらけになる。つまり、市電・函バスはより苦しい経営状態になってしまうということだ。そのため、地理的に最も適しているのが新川・上新川という考えを持った。
ここに市役所や市関連施設を移転・集中すると、歩ける範囲で生活の主たる用事を賄うことができるし、市電・バスの路線効率も高くなる。

この考えを基に駅前・大門地区と五稜郭地区の役割を述べてみる。

<駅前・大門>
ここは前回の番外編である程度延べたように、住宅街と商業施設が混在する街になるべきである。それも、せっかく再開発を行うのであれば、思い切って原宿までとは言わないが、真直ぐな駅前電車通りがきれいに続く通りにするのが望ましい。
駅前が全て商店などで埋め尽くされる必要は全くない。それどころか、お洒落なマンションなりが通りに建ち、その前後に気の利いた店が並んでいると、市民はもとより観光客も市民の活発な息遣いを楽しむことができる。

幸か不幸か、火事や閉店解体によって、この地域には飲食店がかなり少なくなっている。住宅地として再開発しやすい環境にある。繁華街として衰退したことが逆に大胆な再開発を可能にする。(ただし、土地所有者の問題もある。これについては別の機会を作って述べる)

駅前の電車通りから小路に入ると、マンションやカフェや洋服店、バーなどが混在する、東京で言うと私鉄駅前を目指すべきだと思う。新宿を目指す必要はない。札幌で例えると、札幌駅前を目指すのではなく、地下鉄円山公園駅周辺を目指した方がいい、ということだ。
街を小奇麗に洒落た感じにするのは、西部地区の一部でやってきたように、全体的な街のデザインを考えるて実施とする。そうすることによって、市民にとっても観光客にとっても、歩くのが楽しい街となることができるだろう。

駅前が必ずしも中心街でなければならないというわけではない。駅前=中心街という発想を捨ててこそ、駅前再開発は可能となると考える。

<五稜郭・本町>
正直言って、この地域は現状から自然な流れで整備されるしかない地域であると考える。なぜなら、表通りはいいが、一本裏に入ると道路が極端に細くなる。どうしても街並的には明るくなりきれない部分がある。
だから、現状の飲み屋街というものからは脱却できないだろうし、また、街にはそのような部分が必要であるため、脱却する必要も理由もないだろう。個人的には大門か十字街で飲むのが好きだが、市全体としてみる繁華街地域としては、このあたりが最も適していると考える。

ただ、五稜郭公園へ続く行啓通をもう少し文化の匂いがする街並になって欲しいという感じはする。五稜郭公園の手前には美術館や芸術ホールもある。観光客は電停から歩いて五稜郭公園へと向かう。その行啓通にシネマアイリスが移転したり、画材取扱い店やカメラ店、楽器店(は、もうあるが)、書店・ギャラリーなどが続いていれば申し分ない。近くには高校が5つもあるのだから、学生街・文化街的な要素を持っている通りになればいいと考えるが、これは構想というより、私の望みと言った方が正しいのかもしれない。

まとめると、昔駅前・大門はデパートなどの商業地区である反面、ちょっと奥が深い夜の世界を持った街であり、五稜郭・本町方面は新しく、学生も一般市民も日中でも楽しむことのできる場所がたくさんあった街であったが、今後は、その役割が逆転するということだ。
だが、共通しているのは、両繁華街とも、「歩ける街」であるということだ。

両繁華街のちょうど中間に街の「住環境の中心」を持っていくことによって、電車・バスの路線効率は高くなるし、また、短距離の中で日常的な営みの目的を達成することができる。
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大門・喫茶モーリ。

本シリーズの(6)で、千代台公園のスポーツ施設を湯の川にという提案をした。これには理由がある。もちろん、現在の千代台公園をより一般的に市民が利用できる公園にすることが主たる目的なのだが、移転先を湯の川にすると、その効果が最も出てくると考えた。

<湯の川>
今でも湯の川方面には、市民体育館と根崎グラウンドなどのスポーツ施設があるが、これに千代台公園からの野球場・陸上競技場・テニスコート・プールなどを移設(新設)して、湯の川周辺をスポーツ地域にする。新設するからには、それなりの規格の競技場になるのが相応しい。全国大会ができるようなものが望ましい。そして、それらを市民も使え、正式競技としても使えるようにする。

そして、市民は湯の川でスポーツをした後に、湯の川温泉で汗を流し、部屋で休憩をする。また、競技大会に来た他地域の選手達も湯の川の宿泊施設に滞在する。湯の川温泉では今でも、日帰り入浴などで市民の利用を促している所もあるが、正直言って、まだ湯の川は旅行客のためのものというイメージが強い。日常的には、近くの温泉に行ってしまう人が多いだろう。
だが、例えばパークゴルフと温泉施設を同敷地に持つ施設では、休日の家族の楽しみとして両方が利用されているところが道内にもある。官民連携で、スポーツ施設と温泉のパック企画などを提案したり、他の遊戯施設も加えて幅を拡げるのが理想的だ。

そんな広大な敷地があるか?という疑問も出るかもしれない。もちろん根﨑公園が中心となるが、湯の川方面には眠っている民地がけっこうあるのだ。これも官民の協力が必要だが。

<十字街>
以前、私が提唱した、十字街をITを中心としたデザイン・芸術系の会社を置く、「クロスバレイ」にすべきだと思う。その理由は、感性を養う環境が整っているからだ。西高から芸術などの才能を持った人材が多く輩出されていることからわかるように、環境は感性を育てるものだ。
また、そのような感性を持った者は十字街周辺の古い建物を好まないわけがない。違う言い方をすると、その良さをわかる人材が函館独特の新しい文化を創出できる可能性を持っているとも言えよう。

詳しくは後日改めて述べるつもりでいるが、地方は独自の個性を持たなければ、今後その存在感はよく薄くなってしまうであろう。また、次第に中央(東京)でなければならない仕事は減ってきている。地方の良い環境に囲まれながらネットを通じてできる仕事が増えている。
函館でもそれは可能だ。実際、あまり目立っていないが、函館から全国に発信して活躍している人がいるとも聞いている。大切なのは、どのような人材を育てるかということだ。

そして、今十字街附近には、大人がゆったりと楽しむことのできる店がいくつもある。今後も大人の街として、目先の流行に左右されない環境を作り、函館独自の感性を後世にも伝えてほしいと思っている。

<西部地区>
西部地区は若い人にはあまり受け入れがたい部分があるだろう。せいぜい観光かお洒落な店に遊びに行くための場所という認識が強いだろう。それは仕方のないことだ。私も若い時は、西部地区をただ古いだけの街と思っていた。とにかく都会に憧れていた。実際都会に住むと、地方の人はどうして都会に住もうとしないのだろうと思っていた。
それは現代でも変わらないだろう。そして、一度は函館を離れるであろう。または、市内の新しい地区が「便利」だと思うだろう。擬似都会を楽しみたいと思うだろう。それを止めろとは言えない。止めろと言っても、やってしまうものだ。

私が西部地区の良さ・凄さをわかり始めて来たのは30代後半からだった。人によって前後はあるだろうが、ある程度の社会経験などを経験、あるいは一度函館を離れてみないと西部地区の良さがわからないだろう。また、そこが西部地区の魅力であるのだ。

だから、無理に若い人に迎合した街にする必要はない。だが、これも後日述べようと思っているが、建物のリノベーションが重要となってくる。建物の外観は昔のまま、内部はその時代のニーズに合うように変えていく。何も変わったことではない。欧米ではそのように古い建物の内部を変えて、外部などの景観は維持しているものが多くある。珍しくも何でもないことだ。

このようにして、落ち着きと西部地区独特の環境を維持していくためには、建物のリノベーションを可能にする技術とセンスとアイディアが重要となってくるだろう。今までのように、何でもいいから新しい建物を建築するだけではニーズに合わなくなる。実際、西部地区最近の新築建物で目を瞠るものは少ない。せっかくの環境を活かしていないデザインのものが多すぎる。特に一般庶民の住宅に多い。せっかく景観条例を布いているのだから、もう少し建築会社もデザイン性の推奨を顧客にするべきである。

西部地区は、「都会指向」オンリーを卒業した大人が住む地区となるだろう。もちろん若者が住んだら駄目だというわけではない。そして、もっと住みたい人が住める住環境にしなくてはいけない。人が住まないと街は滅びる。滅びた街を観光したい人は少ないだろう。
西部地区は不便だというが、人が住まなければ不便になるのは当り前のことだ。桔梗だって最初から便利であったわけではない。とても歩いては暮せる場所ではなかった。自動車という、高額で維持費のかかる消耗品を手にして初めて便利となった地域である。それは今でも変わらない。
だが、これからは高齢者が増える時代である。歩く便利さが必要となる。ひとつの地区で複数の公共交通機関・路線があった方がいい。
そういう意味でも、西部地区は今後必要とされる地域にならなければならない。しかし、問題はたくさんある。その詳細は後日述べる。

次回は、美原・石川・昭和地区について述べたい。




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隅田信城作品。道南美術の21世紀<いま>と<これから>、道立函館美術館で開催長中。3/20まで。

この地域の現状は、このシリーズの(1)~(4)までで様々な視点から述べたので、あまり詳しくは繰り返さないが、函館市内でのスタンスとしては、子育て世代や北斗市・七飯町勤務の世帯向けの地域として存在するのがいいのではないかと考えています。
どうして、そのように定義したかと言うと、まず、北斗市・七飯町勤務者については単に通勤距離的なもので、子育て世代には市内の狭小な土地よりも広い土地で過ごしたいのも理解できるです。

だが、この地域の最も特徴ある脆弱性は、「郊外型店舗の乱立によって成り立っている街」であるのと、歩けない街であるという点にあります。後者についてはシリーズ(1)~(4)で述べています。まだ詳しく述べていないのが前者の方であるため、すこしそのことについて説明したいと思います。

「郊外型店舗」最近は「ロードサイド店舗」と言われている、広い幹線道路沿いに作られたチェーン店が主たる内容の店舗です。これらが一つの敷地内に集合したり、同じ施設内に同居したりして、一度で異種のお店を見て回れるということで、ここ20年ほどで急激に全国で取り入れられている方式もあります。
一般の方はこのような店舗ができると、便利になったと思うことでしょう。それは確かにそのような点もあります。しかし、最も危惧するのは、これらの店舗を日常的な買物の基盤として、その近くに街ができるのが、とても危険だということです。

当初の郊外型店舗は、土地建物を自己所有して運営をしていました。ところが、地価下落やなかなか回復しない国内消費などの要因で、出店企業はリースパック方式などの不動産を自己保有しない方式に変換するようになって来ました。
リースバック方式というのは、土地所有者に保証金のような形で建築費を支払い、土地所有者名義で建物も建築させ、企業はその土地建物を賃借するという方式です。最近はその他に、ファンドや商社系企業が土地を買い取り、建物を建てて賃貸して収益を挙げるという、信託的な運営方法でやっていることもあります。

いずれにしても、出店する企業からすると、もし、業績不振によってその土地から撤退しなければならなくなった時、違約金の発生はあるものの、不動産を所有するよりもリスクが軽減されるわけです。地価の下落が続くと、会社の資産計上額もマイナスになるわけですので、当然決算にも影響が出てきます。郊外型店舗を経営している会社は上場している会社が多いため、減収イコール株価下落となるわけです。
地価の上昇が見込めない今、そんな大きなリスクを抱えてまで土地を購入して新規店舗を出そうという企業は少なくなっています。また、ファンドなどの配当利益作りのための運営は、説明するまででもないでしょうが、賃貸収益と店舗群の商品価値を上げて、いいところで売却すると図式が前提で運営されています。

つまり、いつでも経営母体が変わっても、あるいはいつ店舗撤退しても大丈夫なようにシステムを作り上げて出店しているということです。だから、採算性が見込めなくなると撤退は必ず起きます。撤退した後に何ができるか。同じような業種の店舗ができればいいのですが、それはわかりません。
まして、イオンのような広大な店舗がもし撤退したとすれば、その広過ぎる施設を使いこなせる企業など、そうざらにはありません。
ちなみにスーパーマーケットは中型化ないし小型化に転じてきております。大型店舗はリスクが高すぎるということを、業界も摑んでいるわけです。

ですから、そのような店舗を基軸とした住宅地を作っていては危険性が高くなるだけなのです。私がこのブログで、何度も郊外型店舗に依存している地方都市は典型的な衰退型だと述べるのはそのような理由からです。郊外型店舗は「郊外」にあるべきなのです。
別にそのような店舗が悪いと言っているわけではありません。ですが、日常生活の頼りにしてはいけないということです。週末に家族揃って出掛け、楽しめばいいだけなのです。日常生活は別の場所で小さなスーパーマーケットを利用しながら営む方が安全であるし、高齢者にとっては安心でもあるのです。

美原・石川・昭和を子育て世代の街と定義したのも、もし、店舗の撤退が続出しても、まだ比較的若いのだから、車で遠くの店舗にでも行って買物をすることが可能だからです。ですが、高齢者にはその場合死活問題となります。今でも歩いて買物ができない地域なのに、それ以上条件が悪化したら大変です。
また、子育てが終わる頃というのは、家を建替えるかリフォームか住替えを考える建物の築年数になっていることが多いのです。その時に、どこにも高齢者にとって住みやすい地域がないことが最も街全体としては危うい。だから、郊外は郊外であるべきなのです。

次回は総論として、街全体について、たぶん2回に亘って述べることになると思います。




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