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函館のカメラマンよ、“Hakodate”の光景を世界に発信せよ!_a0158797_23235476.jpg

だいぶ前だが、ある旅行代理店勤務の方とお話をしていたら、今、観光旅行をする人が参考にしているのが、その土地で撮られた写真だという。とても素敵な光景(あえて風景とは書きません)をネット上で発見すると、その場所に行ってみたい。そのような動機で旅をする人が多いそうだ。
その写真を見た観光客は、以前に見た場所で記念撮影をするのが旅で訪れる要因のけっこう大きな要素になっていると話していた。

試しにinstagramで#hakodateと検索してみたら、まあ、正直言ってぱっとしたものはほとんど見当たらない。もちろん素敵な写真も点在していたが、ほとんどはありきたりの場所でありきたりの記念撮影しているものをアップしているだけに近い写真だった。

だが、函館の魅力はそれだけではない。人と風景が織りなす素敵な「光景」は風景とは異なる情緒を滲み出す。そのような「奥深さ」を函館は持っている。
それはお決まりの「函館観光写真」には登場しないもの。写真の写された場所を探して歩いてみたいと思われるもの。じんわりと心にしみるもの。

そう、決して高度な撮影技術など必要ではないし、お決まりのシーンを高精度な写真で表現しなければならないのは観光用に使われるものだけでいい。私たちは普段接している奥行きと懐の深い函館の「光景」をそのまま写し、それを発信すればいい。それが世界中に伝わると、今度日本行った時は函館に行ってみようと思われるかもしれない。残念ながら、現在instagramにアップされている(探しやすい)写真を見ても、行ってみたいとは思わない。自分が他の街に住んでいて、それらを見てもそんなに関心を持たないであろうと思う。

私も、どう見られるかはわからないが、instagramの#hakodateに投稿するために、この正月休みは過去の写真の整理をしてみたいと思う。そして、自分なりの函館の魅力を再び発信してみたいと思う。私は、以前からinstagramはSNSではなく、写真発表の場だと思っていた。なぜなら世界中の人々が見ているからだ。
どうか函館のカメラマン(写真を撮っている人全て)、あなたの撮った写真を世界に発信してほしい。それだけで何かが変わるかもしれない。




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函館に住む意味_a0158797_22575432.jpg

時々、自分がどうして函館にいるのだろうかと考えてしまうことがある。

10年前、函館に戻ろうという強い気持ちが抑えられなくなり戻って来た。その理由はたくさんあった。まるで何かに導かれるかのように、頭によぎる様々な考えが「函館に戻れ」という方向に向って行った。理由はひとつやふたつだけではない。本当にたくさんあった。

その理由の一つが西部地区の風景だった。それはいくつかの街に住み、また、仕事などで訪れたたくさんの街の、そのどれにもない風景だった。この何とも言えない独特の空間がまだ残っていることに感謝し、また、その風景を守っている人たちがいることに感動した。しかし、その独特の風景を構成する建物が決して衰えることのない速度で消失し、空間に穴をあちこちつけて、切ない気持ちにもなった。そして、西部地区の人口が減っていっているのは、住んでいなかった頃の自分の目にも明らかであった。
それならば、自分はその西部地区の住人の一人になろう。何もできないかもしれないが、ただ住むということだけでも、穴のほんの一部分を塞ぐことができるのかもしれない。

ところが、しょせん多勢に無勢だ。私が住み始めてからも嫌というほど穴が開く現実をまざまざと見せつけられた。
そんな「穴が開く」光景をいつものように発見してしまった時、自分が函館に住んでいる意味があるのかどうか考えてしまう。だが、自分が日常的に接している環境では、そんなことは自分たちの生活に全く関係ない、という空気を強く感じてしまう。つまり、西部地区に住んでいる自分と、同じ市内にいてそれとは全く無縁な世界で仕事をしている自分の二つの世界があるということだ。
その引き裂かれた二面性の中で日々過ごしていると、無性に旅をしたくなってしまう。一度、ほんの少しでも函館を離れよう。そして別の街の良さを楽しんでみよう。その度から戻った時、ひょっとしたら函館に戻りたいと激しく思っていた頃の函館の姿を自分の中で見えて来るかもしれない。そういう淡い期待を持ちながら旅から帰って来ても、あっという間にまた普段の二面的な生活に逆戻りしてしまう。

でも、きっと私は函館にいなければならないのだろうと思う。使命感とかそんな立派な理由でも何でもなく、一度強いベクトルの力によって吸い込まれるように戻って来た理由は、きっとこれからわかるのではないかと考える。
まだ何も始まっていないかもしれないが、何も終わってはいないはずだ。二面性を持つ生活をしている自分は、また、まだ見ぬ日本の風景を探しにどこかへ旅に出るということを繰り返すかもしれない。そうなると、自分には三面性があるということなのかもしれない(笑)
だが、自分の思いのままにやってみよう。そうしているうちに、私が函館に住む意味をやっと自覚するかもしれない。

きっとこんなことは、函館に生まれ他の街に移り住むことなく、ずっと函館に住んでいる人には理解されることはないかもしれない。でも、きっと私は時々「旅」というガス抜きをしながらこれからも函館に住み続けるだろう。それが自分が選んだ道なのだし、導かれた道であるはずだから。





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津波ハザードマップで知られていないこと_a0158797_23241025.jpg

色々津波ハザードマップについて記す前に、以前の土砂災害警戒区域の記事で指摘したように、土砂災害警戒区域は、国土地理院の等高線の密度が高い場所だけピックアップし、「危険箇所」という名称で公示し(この段階では「指定」ではない)、その区域の実際の傾斜や崩れやすいかどうかの地質調査を行い危険と判断されれば、警戒区域にに指定される。しかし、ニュースを見ていたらそれほどの急傾斜でもない所の斜面が土砂崩れを起し、隣接する民家に被害を及ぼした例もあるという。
別に調査する側を擁護するわけではないが、そういう所まで調査する費用などは北海道には与えられていないし、仮にあったとしても、そればとてつもなく膨大な地域を調査しなければならなくなり、何十年かかっても全て網羅できるかどうか怪しいものだ。

このように、今回の洪水ハザードマップで的確に被害を予想できたものもあったが、実際はそれ以外の要素を含んでいることがあることも分かった。

さて、本題の津波ハザードマップについて話を始めましょう。まずは、そのマップをご覧になっていただきたい。

函館市津波ハザードマップ  

さて、この図を見ると色のついている所、すなわち津波到来のおそれのある所が、駅前からベイエリアを中心とした函館港沿いと大森海岸寄りの地域に集中しています。これを見ると亀田市と合併する前の函館市の約半分が浸水する可能性があるように見えます。それはだいたい海抜5m位が浸水地域となっているようです。
だは、どのようにしてこの浸水予想範囲を定めたかと申しますと、函館市総務部の方にお聞きしましたところ、北大のチームが函館市内の地質(土の種類)を調べ、「本来地上になかった海底の土地の存在」が認められた所までは過去に津波が到来したであろうと推定して作成されたものだということです。それはそれで大変な作業であっただろうと感謝する次第であるのですが、「過去に来た津波」を「最大クラスの津波の浸水予想」というのは的確なのかどうか少し疑問を感じてしまいます。
最大クラスは何メートルクラスの津波を想定しているのでしょうか?確かに津軽海峡はその地形や流れから超大規模な津波が来る可能性は低いと推定されています。ですが、東日本大震災のような大地震の震源地が函館の近くであった場合、大きな津波が押し寄せる可能性がないとは言えません。

津波ハザードマップで知られていないこと_a0158797_23075051.jpg

そこで、先ほどの津波ハザードマップを拡大などしてよくご覧になっていただきたい。そこに等高線があることにお気付きなるだろうと思いますが、仮に(あくまで仮にということです)20mクラスの津波が上陸してもなお勢力が衰えず、そのままの高さで函館を襲ったとした場合、等高線が20m以上になるのは概ね産業道路辺りからであることに気付くでしょう。実際は、建物やその他の物でそんな単純に津波がその距離を同じ高さで進むかどうかはわかりませんが、もし、そうなったら、函館の大半は壊滅状態になることになります。
津波が襲った場合、私たちができることは避難、つまり逃げることしかできません。諦めて自分の家で最期を迎えたいという選択もあるかもしれませんが、あくまでどうやったら生き延びることができるかということを考えますと、ひとつは堅固な高層ビルの上階に駆け上がる方法と等高線で示された海抜の高い場所に移動するという、この二つの方法しかありません。しかし、例えばハザードマップでは過去に津波が来たことがないだろうと想定される松陰町から直線距離で比較的近い函館大学付属有斗高校まで自分の足で逃げるとすると、(マラソン等で鍛えられているという人ではない限り)頑張って走っても20分以上はかかるのではないかと想像します。しかし、皆様もテレビ等でご覧になったと思いますが、津波のスピードはそれをはるかに凌駕する速さで追い越して行きます。つまり、呑み込まれてしまうということです。そのような時はおそらく道路という道路は車と人でごった返し、車で避難という方法も非現実的であったことは東日本大震災で実証されていると思います。
そう考えますと、函館で安全な地域は産業道路周辺ということになりますが、もう一つ安全な地域があります。それは西部地区であります。

津波ハザードマップで知られていないこと_a0158797_23472295.jpg

えっ、海に近い西部地区が?と思われる方もいらっしゃると思われますが、確かに海岸近くは最初に襲われて大変なことになるでしょうが、20mというラインは坂で言いますと3つ上まで行けばもう大丈夫だということなのです。例えば電車通り付近に住んでいたとして、3つ目の坂を目指して「火事場の馬鹿力」で駆け上がったとしたら5分もかからずに安全な高さまで避難することができます。もちろん、小さな子供や高齢者は5分は難しいかもしれませんが、誰かの力を借りたら短時間での避難も可能となるでしょう。
そして、西部地区の坂は全体的に道幅が広いため、スムーズに駆け上がることができます。東日本大震災で逃げ遅れた原因のひとつとして、坂の道幅が狭く、そこに車と人で混雑して避難がスムーズにできなかったということも、ひょっとしたらあるのではないかと被災地を実際に見て思いました。
地震が起きてほぼ同時に津波が押し寄せてきたら、函館のどこにいても、おそらく避難は難しく、その時その人がどこにいたかという運任せになってしまいますが、それなりのタイムラグがあり、津波警報が迅速に発せられたら、意外と西部地区の方が速やかに非難することができることが、ハザードマップでお分かりになるでしょう。
海に近い=危険というイメージだけで判断するのことが本当に正しいのかどうか、冷静に考えてみてはいかがでしょうか?




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函館にも光のページェントがあればいい_a0158797_23364694.jpg

だんだん秋を感じるようになって、その次に来る冬を思い浮かべた時、2年前に初めて見た仙台の光のページェントをもう一度見たいという気持ちになってきた。
光のページェントは30年以上続けられている仙台の年末のイベントで、一部市民には毎年同じだから飽きたという声もあるようだが、初めて見た者からすると「素晴らしい」という言葉しか見つからない。

何が素晴らしいかと言えば、定禅寺通りという、札幌で言うと大通公園を狭くしたような真直ぐで長く続く通りに施された光のど真ん中をずっと歩いて見れることだ。その道の両脇にはけやしの幹や枝に装飾された電球が絶妙な形で光を放っており、まさしく光の中を歩いているという気分になる。
この写真は、軽率に三脚も持参せず、寒さの中ハンディ撮影したため、大失敗写真となっているが、今度はしっかり三脚にカメラを装填して光のページェントの美しさをきちんと記録におさめたいと思っている。

残念ながら、この光のページェントに比べると、函館のクリスマスファンタジーや二十間坂通りのイルミネーションはやはり寂しいと言わざるを得ない。なぜだろうか?それはたぶん自分(あるいは「自分たち」)が主人公になって光に包まれて歩くという設定になっていないからだと思う。光に包まれるのと光を見るのとでは体感がまるっきり違う。例えがいいのかどうかわからないが、寒い時毛布に包まれるのと毛布を眺めるとの違いのような大きな差がある。

毎年頑張って運営を続けている函館のクリスマスファンタジーやイルミネーションを否定しようというのではない。いや、それどころかせっかく頑張ってやっているのだから、仙台と同じような「光に包まれる」感覚を函館でも体感させることはできないだろうか、そんなことをついつい考えてしまう。
もし、その具体的なアイディアができ実現できたなら、函館の冬はもっと心までが暖かく、私がもう一度仙台に行きたいという気持ちになるように、たまたまそのシーズンに来られた方々が、クリスマスは函館で過ごしたいと思ってくれるだろう。

重ねて言うが、他と比較して函館はダメだとかというのが主題ではない。いいものは学び、それを函館ならではの形で表現できたなら、もっともっと函館は素敵になるだろうな。という話です。
皆さんも考えてみませんか?





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いいもの、いい街_a0158797_00025323.jpg

いいもの、それは多くの人たちに認められたものであるということに疑問を挟む余地はない。
例えば、苦心の末創り上げた、カップに入った即席麺のカップヌードルは、ずっと昔から全国はもちろんのこと、世界中でも食べられている。
かつては札幌市内の、格安だがそれなりにインテリアに馴染む家具を販売していたニトリだが、北海道どころか全国各地に店舗を持つまでになっている。
ここではわかりやすいように高級品ではなく身近にありそうな物を取り上げたが、これらのものは「いいもの」だから世の中に認められ手販売規模が拡大されてきた。

そう、「いいもの」は私たちが意図的でも何でもなく「いいもの」として認め購入している。

では、いい街とは。
先日テレビを見ていたら、京都市街地に全国的には撤退してしまっている「公共ゴミ箱」が観光地の道端に設置されているという。それは大切な観光地をゴミで汚されないようにという京都市の施策であるそうだが、それでも落ちてしまっているゴミは近隣住民が定期的にゴミ拾いをして「ゴミひとつも落ちていない美しい街」として外国人観光客からも驚きの目で見られているようだ。
そこには古代から街並を守り続けていた京都市民の意思を感じざるを得ない。

それに比べて函館は、ひとりひとりが函館の「いいもの」を守るため、あるいは創るために努力しているだろうかという疑問が浮かんでくる。決してゴミのことを指して言っているわけではない。いゃ、西部地区に住んでいない人はわからないかもしれないが、定期的に書く町内会で道端のゴミ拾いを行っているのを何度も見ている。
どうだろうかという疑問はゴミのことではなく、自分たちの街の優れていて誇れるものを守り時代に従って変化させ、いつまでも京都はやっぱり京都あると我々にその姿を誇り高く見せているのに比べて、函館はどうなのだろうか、ということだ。

よくテレビに出る「今でしょう」の林修氏、ある番組で大変参考になる言葉を発してくれた。
「やりたいことをやって上手く行く人はいいが、それはごくわずかの数で、その人がやるべことは、人からこの人はこれが似合っていると言われたことだ」
林修氏も今のようにテレビで有名になる前、ある出版社から「こんなことについて書いてみませんか」と誘われて、本当はそれほど書きたい種類のものではなかったのだが、書いてみたらベストセラーになり、そのシリーズを何冊か出した後、今度こそ自分の書きたかった本を書いたら、彼の出版物で最低の売り上げ部数になったという。

話しはちょっと逸れたが、では函館の「いいもの」とは何だろうか?
それは地元市民が住みやすいと思う街を作り上げたところが、誰もが認める「いい街」なのだろうか?でも、それは林修氏が最も売れなかった出版物と同じようなものなのではないだろうか?
全国や世界から来る観光客が認める「いい函館」はそういうところではないはずだ。いいものを創り出せない街は、自然と衰退してしまう。衰退は大門・西部地区というが著しいと言われているが、私は何度も話しているように、「人を受け容れず、自分たちの目先の便利さに走ってしまっている市民」がその最も大きな原因となっていると考えている。一見便利そうで、周囲に新しい住宅が立ち並び、住みやすそうに見える街は、全国どこの衰退型地方都市にもある定番の風景なのだ。

「いい函館」は、守り・創り出すという相反する行為を同時になってやっとその姿を誇りを持って全国の人たちにお見せできるものではないかと考えている。





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西部地区は衰退していなかった?_a0158797_21592915.jpg

仕事が休みだった昨日、風邪が治らずにいた私は、ほとんどの時間を自宅で過ごしていた。
と言っても、用事があったら出かけなければならない。休みにしかできない用事もあるものだ。
そのため昼頃一度出かけたが、やはり風邪の症状は芳しくなく、用事を済ましたら自宅でずっとおとなしくしていた。
ところが夕方、夕食の品数が圧倒的に少ないことに気が付き、また、外の新鮮な空気を吸いたくなったのも重なって近くのコンビニに歩いて出かけた。
その時だった。

どっく前電停付近のこの空気は昔から変わっていない。

そう思った。

どうしてそう感じたのか、少し考えてみた。もちろん少し考えてみただけではちゃんとした答えが浮かぶわけがない。でも、ひとつだけわかったことが、道路を走っている車の数が少ないこと、時間がとてもゆっくりゆっくり流れていること。
これは50年以上前から全く変わっていないことだと気付いた。

そう、街の持つ空気は何も変わっていないのだ。
変わったのは、人が少なくなったこと。大黒通の店舗が激減したこと。子供を見る機会が少なくなったこと。

考え方を変えると、「昔」という空気層が汚染されずにきれいなまま残っている。そんな街なのかもしれない。
赤川通や産業道路や昭和・石川という地域を車で走っていると、「なぜたかだか26万人程度の都市の道路がこんなに混雑していなければならないのだろうか?」という疑問を持ってしまう。どうして函館の人々はこんなに空気層が違う場所に住みたがるのか?函館独特の空気層を持っている地域に住むと、こんなに混雑もしていないだろうに。

ともかく、西部地区の空気層は変わっていなかったことに気付いた。だから、ひょっとして西部地区は衰退したわけではないのではないかと思った。
「函館」が持っている独特の空気層はそれほど変わっていないのだ。ただ、違う空気層を好む人々が、函館市という市街地の一部に集中して住んでいるのだと思った。

しばらく間、私は函館の街についてよほど気が向かなければ(あるいは、どうしても我慢できずに)話さず控えて来た。
でも、再びゆっくりとこの街のことを話し始めようと思う。できるだけ淡々と、話すべきことを、ゆっくりと。
今自分が住んでいる街が持っているなだらかなリズムのように。





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連休終盤の新幹線のガラ空き_a0158797_00100038.jpg

連休に北陸に行った人からの話だ。帰函が連休終盤に偶然なり、利用したのは東北北海道新幹線だった。関東地方で乗換え、新幹線で函館に向かったそうだが、ずっと満席だった新幹線は八戸でどっと降り、新青森駅を時点で函館まで向かう車内はたったの3名しかしなかったそうだ。

私は仕事柄旅行は平日にするため、同じような光景を目にしても「今日は平日だからな」と半ば自分にその理由を言い聞かせるように納得していた。しかし、このゴールデンウィークに同じような現象がみられるとなると問題はちょっと異なってくる。

この度、JR北海道が運賃の値上げを決めた。累積赤字がかなりの額になったためというのがその理由らしいが、「新幹線効果」があちこちで期待を込めて騒がれていたのは、やはり開業間もない頃だろう。だいたい観光客はなるべく早くに移動して、その日のうちにある程度函館を見て回ろうという計画を立てると思う。自分だったらそうすると思う。だから比較的早い時間の新幹線はそれなりの乗車率があったかもしれない。でも、函館からどこかに旅行をして帰って来るという数、つまり連休終盤の函館に戻って来る地元市民の数は恐ろしく少ないという事実がわかってしまったのだ。

つまり、函館には多くの観光客が訪れて来てくれるが、その恩恵を受けている函館市民は自ら新幹線に乗って旅をしないということだ。
せっかく北海道新幹線ができたのに伴い、青森や十和田湖、奥入瀬、白神山地、岩手・宮城のリアス式海岸、中尊寺、そして東日本大震災の被害地等々、私たちが目にすべきものはたくさんあるのだが、(たぶん)どこにも行っていないのだろうな、ということが安易に想像されます。

函館にはたくさんの旅行客が来て欲しい。それによって函館という街に落ちる金は変わってくる。収入という点ではだ。ところが、函館市民はあまり青森には行かない。あるていど金は欲しいけど、こちらから金を使いたくないという、「収入一辺倒」という考えが定着しているようです。また、本州に旅行をするとしても、施設(東京ディズニーランドやUFJ、ライブイベント等々)という一点の目的が中心で、それを基準とすると、旅の過程はほとんど無くなる。点から点への移動でしかない。
だから手っ取り早く飛行機を利用することになるし、上空を通過する東北地方などには立ち寄るプランさえ考えない方が多いのではないかと想像する。

旅は目的地も当然大切だが、その過程で偶然目にするその地方の風景・街並・料理などもプロセスを楽しめない人々にとってはどうでもいい話となってしまう。
別に東北の観光だけを推奨しているわけではないが、せっかく新幹線でたったの2時間から3時間程度で北海道では知りえない風習や景観を体感できるのに、函館市民は残念ながらそれをやらないように数字が示している。

私がいつも心にしていることは、「自分は生まれて来て60年も生きているのに、まだ日本のことを全然知らない」ということだ。それが私の旅心をくすぐり、時々日本地図を眺めてしまう。
せっかくこの世に生まれて、それがたまたま日本という国で、地域によって風景や慣習や料理などが違っているのに、それを知らずに死んで行くのはもったいないような気がするのは私だけでしょうか?青函トンネルを挟んで向こう側には、ディズニーランドなどはないけれど、私たちが社会を考える上で参考になる場所は山ほどある。いつも神戸に行こうじゃないかという話ではないのだ。1泊二日で隣の地方のその地域の独特のもを体感できる機会を函館市民は作っていないだけだと思います。

リアス式海外の普段の穏やかな海や、その海が突然大津波となって街を襲った傷痕や、移民によってできた北海道に住む自分のルーツの場所を見つけたり、北海道に伝わらず現地に残ったままの料理を食べたり、私たちには体験して決して損にはならない体験を、青函トンネルの先にはいくつもある。それを函館市民は選択していないだけではないかと思う。
たぶん今年も私は奥入瀬にいくと思う。しかし、ホテルをどこにとるかによって私の旅は変わる。同じ目的地への旅行でも楽しみ方は何通りでもある。
函館市民はもっと未踏の地に知ることができるはずなのだ。それに気付くと、連休終盤の新青森~新函館北斗間の乗客が3人程度しかいないということはありえなくなることでしょう。





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函館には4ッ星ホテルがない_a0158797_00060649.jpg

ある市職員と函館のことについて話していたら、職員から「函館にはミシュランの星がたくさん付いているホテルがない」というつぶやきを聞いた。
そういわれてだいぶ前に調べてみたのだが、全くそのとおりだった。
最高で星3で、それが函館の函館国際ホテルと男爵倶楽部とヴィラ・コンコルディア リゾート&スパだけであった。それ以上の評価を得たものは函館にはなかった。みなさんに有名で朝食が美味しいと言われているラビスタ函館ベイは2位であった。

でも私はそれでも過大評価していると思っている。それらのホテルが素晴らしくないといっているわけではない。それは、5ツ星の決め方が違うからだと思っている。
例えば、東京の5ツ星は「ザ・ペニンシュラ東京」「コンラッド東京」「グランドハイアット東京」「ザ・リッツ・カールトン東京」「アマン東京」「シャングリ・ラ ホテル 東京」など錚々たる顔ぶれが並ぶが、北海道で5ツ星といえば「ウインザーホテル」のみだけなのだ。それを基準に星4ツ3ツと比較すると、いつも私が札幌に行った時に気楽に泊まっているホテルは星3ツであり、えっ、これが?と首をかしげてしまうものだった。もちろん札幌のそのホテルの良さもわかっているし、好ましい部類に入るのだから泊まっているのだが、一昨年泊まった東京の二ッ星ホテルとは大きな差があった。

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その泊まった東京の二ッ星ホテルが「三井ガーデンホテル銀座プレミアム」であった。はっきり言って、東京の二ッ星の方がはるかにグレードが高い。(宿泊料も高いけど)フロント階の外部景色の見せ方、室内内部の工夫の凝らし方など、札幌の三ッ星に比べて歴然とした差があった。例えばホテルの客室の機能としてはどうでもいいかもしれないものなのだが、下の写真手前側がシャワールームになっていて、そこに入るとシースルーの窓があり、何とシャワー室から上の写真のような銀座の夜景が垣間見ることができるのでした。

函館には4ッ星ホテルがない_a0158797_07204220.jpg
もちろんその景色をずっと眺めるわけでもないし、ましてシャワールームであれば立ったまま眺めなければならないのだから、ゆっくり夜景を眺めるとするとベットサイドが最も適した場所になるのはわかっていても、ちょっとした仕掛けをしてくれるオシャレさに、あぁ、やはりここは東京だなと感心してしまうのです。そして、ロビーはいたって静かで、騒がしくしている人などは全く見かけることもなく、銀座の喧騒など関係ないかのような静寂を保っています。

でも、ランク外のホテルでも素敵なホテルは、東京にはたくさんあります。そこが東京の奥深さであるのですが、残念ながら函館には現在それほどのホテルがないのがとても残念です。先ほどの「三井ガーデンホテル銀座プレミアム」のようなホテルが函館か札幌にあったら間違いなく星四ッになるでしょう。
そう、函館にも五ッとは必要ないかも取れませんが四ッくらいのホテルがあればいいですね。
そうすると、より国内外の団体旅行ではない、プライベート旅行のお客さんがもっと増えるかもしれませんね。





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<予告> 函館にはどうして土産用定番スイーツがないのか?_a0158797_22581767.jpg

30年以上前、千歳空港から東京行の飛行機に乗ると、(極端に言えば)2人に1人は「白い恋人」か「六花亭」の紙袋を携えて機内に搭乗していた。
北海道に来たらこれをお土産にするとみんなに喜んでもらえるから。あるいは間違いのないものだから。とりあえず失礼はないだろうから。理由は個人によって異なるでしょうが、それはびっくりしてしまう光景でした。
今でも、先日見たテレビ番組では、日本の中でお土産人気No.1がRUTAOでNo.2が白い恋人だとか。これは北海道の中のランキングではなく全国のランキングだった。

そう、私も旅の帰りにご当地のお土産を考えると、けっこうそれだけで時間だけではなく精神的にロスをしてしまうことがある。
そんな時、〇〇に来たら、何はともあれ、これは定番でしょう、というものがあると助かる。
もうすっかり慣れた味とはいえ、仙台に行ったら必ず私は「萩の月」を買うルそれは二十代の頃、お土産でもらった萩の月を初めて食べた時、衝撃が走ったからだ。こんな美味しいお菓子がこの世にあったなんて!

それ以来、仙台のお土産=萩の月という公式が私の頭の中に出来上がった。
このようなインパクトを与えると、それを造った人たちが住んでいるその街のイメージもなぜか良くなってしまう。これは多くはないかもしれないが、私だけではないだろう。
しかし、函館には残念ながらそのようなお土産スイーツがない。全くないという訳ではないけれど、たぶん函館の観光客は、「迷わずこれ」というものには出会っていないだろうと思うし、とりあえず函館という名前がついているお菓子を買って行けばいいだろうという認識ていどなのではないか。

では、なぜ函館にはそのようなネームバリューのある土産用スイーツがないのか、話し始めるととても長くなるので、シリーズとして数回に分けて述べてみたいと思っています。それは、函館の人の気質の上に成り立っているものだからです。





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中国人観光客の方々へ_a0158797_23250325.jpg

中国人観光客の方々へ。

ようこそ函館へ!中国ではあまり見かけない街の特徴を持つ函館を、どうぞ充分ご堪能ください。
美味しい海の幸もたっぷり召し上がってください。そして、帰国したら、是非函館という街は素敵だったよと近い人にお伝えください。
函館はあなた方を歓迎しています。

でも、ひとつだけお願いがあります。

どうか、車道に立ったまま写真撮影をすることは、絶対にやめてください。
たまたま、大きな事故がないからまだ運がいいと済ませているのですが、車を運転する身としては、あなた方の行動はとても危険です。車が近付いても気にする様子も全くなく、自分の撮りたいシチュエーションに身を置き撮影をすることは命よりも大切なのことですか?
もちろん、私も状況判断をして減速したり回避したりしますが、何かの理由で車が制御不能となった時、あるいは日本人的な感覚で道路を走って「まさか車道上に人が立って微動だにしない」ということを想定できになかった時、起こってはいけない交通事故が発生する可能性が確実に上がります。

私たちも、せっかく来ていただいた観光客が交通事故に会ってほしいなどとは全く思っていませんし、自分たちがその加害者になりたいなんて全く思っていません。
ですからお願いします。本当に本当に大変危険ですので、車道に立ち止まって写真撮影をすることは決してしないでください。
素敵な写真を撮る方法は他にいくらでもあるのですから。

安全な旅をして、函館のいいところだけ想い出になさってください。そして、また函館に来て、「安全に」観光をしていただきたく強く希望しています。

どうかどうか、よろしくお願いいたします。
旅は生きて祖国に帰ってこそ楽しい思い出になるはずなのですら。
奇特な方は,これを中国語に訳してお伝えください。

函館に住む人間として、せっかく来ていただいた大切なゲストに傷を負わせたり、命を落としたりしてほしくないからです。




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