タグ:函館の想い出 ( 85 ) タグの人気記事

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子供の頃、この辺りは自分と同じような、あるいはもっと年下の子供たちで賑わっていた。
この辺りは岩場が多いため、海から岩の上に登ると体のどこかをいつも傷付けていた。それでもかまわずまた海に飛び込んでいった。

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そして、こういう船を見つけると、戦争が始まるのではないかとちょっと不安になった。私がまだ幼い頃、どこの家庭でも同じようにテレビが自宅で見れるようになると、ずっとテレビを見ていたが、その頃テレビで流される映画は戦争映画が多かった。子供心にとても怖かった記憶がある。夜床に就いてから飛行機(プロペラ機)の飛行音がすると、映画で見た空爆が始まるのかなと怯えた。布団の中で身を小さくかがめ、お願いだから爆弾を落とさないでくれ、と願った。

それくらい、戦争は想像の中で身近にあった。
大人の話の中にも戦争の話があったような気がする。戦争が終わってから13年後に生まれたけれど、人々の中ではまだ戦争の経験が生々しく存在していたのだろう。私はそれを子供ながらに察知していたのかもしれない。

だから、今でも戦争に肯定的な意見を述べる人には同調できない。

原始的な感情として、私の中では「リアルな恐怖」なのだ。

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私が函館山を見る角度はいつもこうだった。左下からロープウェイが右上の山頂に登って行く。

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夏の日・子供の頃、そこにはいつも海とカモメがあった。



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先日から花電車が運行しました。

私からすると小さな子供の頃から見慣れた光景なのですが、信号で停止している花電車の運転手に横断歩道を渡る観光客が写真を撮り、手を振っていた。
それは、運転手が彼らに手を振ったことへのお返しだったように見えた。それでも手を振った観光客はみんな笑顔であった。

花電車はどこにでもあると思うかもしれないが、そもそも路面電車が走っていない街では花電車など見ることはできない。
函館の小さな楽しみのひとつだ。

どうして函館市民は、こんな素敵な光景を見ることができる街に住まず、1年中同じ景色をほ見ることになる場所に住むことを選ぶだろうか。
私には不思議でたまらない。



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あまり知られていないことですが、江戸時代から現在まで、函館において(旧亀田村は除く。江戸時代は市街地が全く離れていた。現代で言うと函館市と大沼ぐらい離れた感覚ではないかと想像する)その町名が残っているのは弁天町と大町だけなのです。

どうしてそうなったのかという経緯はわかりませんが、弁天町は江戸から明治に変わっても函館の中心部の役目を持ち、人口が密集する函館でも重要な「街」であった。
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しかし、市電が整備され、市街地が人口増加と共に広がって行くと、賑やかだった弁天町も次第に隙間風を感じるようになった。
私が高校生時代だった昭和50年代初め、太宰治の「斜陽」のような空気が弁天町に漂い始めた。

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函館ドックの仕事終わりに労働者たちがビールを飲んで食べていたホルモン焼き店がいつも間にか閉店していた。市電ドック前にあった食堂が閉鎖され、ドックの従業員は大幅削減され、その時、弁天町から離れて行った家族も多数いたのかもしれない。私は自分が住んでいた弁天町に沈みゆくものにできる影を感じ、直感的に函館を離れたいと考えるようになった。そこで高校を卒業すると札幌に行った。

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ところが、函館に戻り近くをくまなく歩いてみると、良く言えば下町、現実は人口減少が著しい「7過去の街」になっていた。
だが、これは函館の縮図である。歴史ほんの一時期栄えた街は、時間と共に寂しい街へと変身しなければならなくなってしまうように、函館の都市構成が変貌した。
以前に何度か話したが、いつまで経っても、東京の銀座は銀座であり、渋谷は渋谷であり、新宿は新宿であり、青山は青山だ。だから東京はいつまでも東京なのだ。

その市街地の中で、賑やかになる地域が時代と共に変わっているのは、函館がいつまでも函館であるとは限らないという推測を導く。
だから今弁天町、などとは言わないが、、この街が変わるかどうかは、今後の函館の数田を象徴することになるのではないかと思っています。



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先日いつも行くカフェで、以前高橋病院の隣にあった「喫茶 ねこ」の話題になった。
この写真を撮った時は(たぶん)既に営業はしていなかったと記憶しているが、その後2~3年後に解体され、高橋病院の駐車場の一部となってしまっていた。

でも、こんな小さな喫茶店ではあるが、見た者にとって大きなインパクトと好奇心とちょっとした怪しさを与えてくれるお店はそうそうなかった。
実際、この喫茶店を舞台にされたと思われる漫画もある。

お店だけをトリミングしてみよう。

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うーんやっぱり行ってみたかった。そのくらい興味をそそるものでした。

函館にはそんなに有名ではなくても面白そうなお店はたくさんあると思います。それを見つけるのも函館を歩く楽しみのひとつです。
参考までにこの写真の撮影日は、2009年6月12日です。このようにデータを残せるのもカメラの大事な役目のひとつです。br>



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今日の雪かきは大きく体を痛めつけられましたね。雪かきをやった方々お疲れ様でした。私も疲れました。
さて、タイトルをご覧になってこのブログを開いた方は、写真がタイトルと無関係であることにがっかりするかもしれませんが、最近よほど気が向かない限り料理の写真は撮らなくなったためだからです。以前は食がらみのブログが少なかったため、また、SNSも今ほど活発ではなかったので時々写真を撮ってご紹介していたのですが、ご周知の通り毎日何でもいいからとりあえず食がらみの記事をあげるブログが乱立しており、SNSでもしょっちゅう見られるものですから、特に函館市内での食事では写真を撮らなくなりました。
函館だけでもなく、昨年行った全国的にも珍しいポルトガル料理の写真も撮りませんでした。本当に自分の記録として撮っておきたいというものしか、あるいはその時の乗りで撮るくらいにしか減りました。食べることも好きですし、それは変わっていませんが、何でもかんでも載せるというのにはとても抵抗を感じます。
まして、今回のタイトルであるキングカツカレーは大勢のお客さんでひしめき合っているキングベークのイートインコーナーで食べましたので、とてもそんな気分にはなれませんでした。ということで、料理の写真を撮らない理由を最初に長々と述べたのですが、肝心のキングカツカレーについて。

私がそれを知ったのは40年以上前のこと。当時、現在のボーニアネックスが経っている辺りの2階建て店舗の2階にキングカレーはあったと記憶しています(これから改装することはつたない記憶を基にしてますのでどれほど正確なのかは保証できません)。狭く細長い店内で、記憶ではカウンターしかなかったようです。時は高校1年か2年生の頃だと思いますが、学友の誘いで初めて行ったはずです。それより以前、中学時代に五島軒で当時メニューにあった「カツレツランチ」で、カツの美味しさを覚えてしまった私には、キングカレーのカツカレーはカツとカレーという組み合わせに驚き、そして食べてみると、その時は世の中にこんなに美味しいものがあったのか!という発見に感動したものでした。

そのキングカレーのカツカレーが復活したということで昨日食べて来ました。写真はなしで。
その感想・・・・・。えっ、これ昔の味ではない、というのが率直な感想です。しかし問題なのは、そもそも昔の味を刻銘に覚えていたのかどうかということにあります。色々な物を食べいるうちにキングカレーの味もごちゃまぜとなって「こんな感じのものだった」という記憶になってしまっているのかもしれません。また、食生活が変わった現在では昔の味では美味しく思わない可能性が高いだろうという販売者側の判断で現代版の味にしたのかもしれません。

それは商売としてやっている以上必要なことではあると思いますので、私がどうのこうの言えるものではありませんが、正直に言って538円という料金設定としてはよくできた料理になっているという感想です。でも、ちょっとだけ要望を入れると、もっとシンプルな味付けでもいいのではないかということです。昔のルーはサラサラしてポツンポッとグリーピースが浮いているとてもシンプルなものでした。それがかえってカツを引き立てていたような気がします。今の元祖こいけのカツカレーがそうですよね。その変わらないシンプルさが時々脳裏に甦って食べに行きたいという衝動を与えるのです。

この度の復活キングカレーはどうでしょうか?まだ自分の中での判断は保留です。また、食べに行ってからもっと食べたくなるかどうか、その時に考えたいと思います。ただ、それ以前に、イートインコーナーは混みすぎています。それもカレーが復活したからだからでしょうか。ともかく、落ち着いて食べることはできませんでした。いっそのこと、カレーだけ別のコーナーで食べれるようにした方がいいのではとも思いました。
まぁ、もう少し様子を見て再び食べに行ってみましょうか。

それが復活キングカツカレーの印象です。



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先週の更新以来の記事となります。その間、オフタイムは写真の編集を行っていました。それは、15日で閉店したル・コントワールの過去からつい最近まで撮った写真を整理し、ひとつのSDにまとめて、函館を離れる栄子ママにプレゼントすることになっていたからでした。11月20日のイベントで皆様よりいただいた会費が、清算をしましたら若干余ったため、これから東京・フランスに行くために函館を離れた時、時々思い出す機会があったら見てほしいと、私が過去に撮った写真から約500枚を抜粋してSDカード(もちろんカードは元祖Sun Disk)にまとめ、デジタルフォトフレームにとともにプレゼントすることにしたのです。

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結果としては500枚ですが、コントワールに関わる写真は、恐らくその4倍から5倍以上は撮っていると思います。それを、過去に撮った約6万枚から探して画像編集をし、やっとフォルダにおさめるこということをやっていました。

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ル・コントワールではよくライブが行われていました。決して広いとは言えない店内に人が歩けないほどのお客さんが入り、通常の席が空いておらずカウンターの中で見ることも度々ありました。

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コントワールで行われるライブの質は高く、普通ではホールの舞台で遠くからしか見れないようなプレーヤーをとても間近に見ることができました。こんな贅沢なことはありません。

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そんな規模が小さくても質が高いライブをもう見ることができないのも残念です。本当はライブ以外のお客さんたちを含めた楽しい写真もご紹介したいのですが、ブログに掲載されるのが好ましく思わない方もいらっしゃるでしょうから、過去のライブだけをご紹介しました。

さて、私は今回の写真の編集で、写真の色の付け方(あるいは直し方)を少し学びました。これは今度の写真展に役立つこととなるでしょう。そうそう、写真展の会場である函館国際ホテルから会場使用の申込書が届きました。いよいよ本格的にやらなければなりません。今度の年末年始休暇はずっとPCとにらめっこになるでしょう(笑)

そして、2月にはきっとあなたをワンダーな世界にお連れいたします。



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小学生時代の頃だろうか?20代からは見ていなかったような、そんな光。

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トランジスタカフェのこの光が、私は好きだ。



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何年かぶりに函館山に登りました。(もちろん車で・・・・・)

平日の午前中に行ったため、観光客は少なかったのですが、それが幸いして写真をゆっくり撮ることができました。
上の写真、箱館戦争の時には既にあった、五稜郭から函館港へ直線で向かうことができる道路がはっきりわかりますね。現在では主要幹線ではないため、地上を走っているとなかなか気が付きませんが、高い所から見るとはっきりわかります。そうです、この道を恐らく土方歳三も馬に乗って走ったのでしょう。

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この写真は、現在私が住んでいる地域です。

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この辺りが私が高校を卒業するまで住んでいた地域。この狭い地域の中で5回も引っ越しました。(もちろん親が引越ししたためですが)

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まぁ、そんな個人的なことは別にして、みなさんご存知の元町教会周辺。実はこの狭い地域の中にも、とてもひとつの記事ではまとめきれないほどの函館の歴史が詰まっています。

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恵山方面。

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駒ヶ岳方面。

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下北半島。母方の祖先が約600年近く前に、この陸地の反対側の陸奥湾のある所から蝦夷移住してきたと言われている。

そう、ここから見えるものは私の歴史の地図のひとつであるし、きっとそのような地図として見ることができる人も多いでしょう。函館に住んだことのない人でも、ちょっと函館のことを知ったら、函館山から見える風景も違って見えてくることでしょう。
函館山からの見所は夜だけではないのですよ。


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住吉漁港の近くに来ると、なぜだか子供の頃を思い出す。
私が小学生だった昭和30年代から40年代半ばにかけて、私の住んでいた街の周辺は、決してきれいとは言えない地域だった。いや、おそらく全国のどの町でも一部の地区を除くと、今の感覚での「きれいな街」は存在しなかったのではないかと思う。

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道路には馬や牛や犬や猫の糞があちこちに排泄されたままの形で散在していたし、側溝というよりドブには生活雑排物や工場の排泄物やその他訳の分からないものが流れずに溜まっていた。
普段は不思議にその臭いにも慣れているように思っていたが、野球のボールがドブに落ちてしまい、そのボールを取り上げるために溜まっている汚物に手を入れると、物凄い悪臭がした。

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その悪臭は、家に帰って石鹸で手を洗っても容易にとれないものだった。
それはいつものことだった。手がとてつもなく臭くなるとわかっていても、ボールは拾わなければならなかった。そのボールがなければ遊びがひとつ無くなるからだ。まして、ドブに入った度に新しいボールを買ってもらうわけにはいかなかった。子供心にそんなことを親に頼んだらいけないとわかっていた。
だから、家に帰ると、手とボールを一緒にタワシで洗わなければならなかった。
それでも臭いはとれなかった。

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小学生らしき女の子たちが、大勢自転車で通り過ぎて行った。

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グランドでは中学生らしき少年たちがサッカーをやっていた。

今は時代が大きく変わり、街の衛生面は比べ物にならないくらい清潔になった。でも、どんな時代でも外で子供たちが遊んでいる風景はいいものだと思う。特に親が一緒におらず、子供たちだけで遊んでいる光景にはホッとすることがある。

なぜなら、そこには子供だけのちょっとした冒険心を育む場面があるからだ。きっと親に見つかったら叱られるかもしれない、でも、やってみたい。それは、家の中で遊ぶゲームでは決して経験できない冒険だ。
たぶんそれだけは今も昔も変わらないのではないだろうか。


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