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昔、私はベイエリアの写真を日常的に撮っていた。レンガ倉庫や海岸などの風景ももちろん素敵だったのだが、ある時からそこを楽しそうに歩いている観光客の姿がとても素敵に思えてきた。西部地区の素敵な魅力のひとつにこれがある。歩いている人々(主に観光客)が楽しそうにちょっとおしゃれをして解放されたような表情で街歩きを楽しんでいる。これは他の日常生活しか感じることのできない市内の他地域では見ることのできない、とても素敵な風景だ。

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大門で飲んだ後、ベイエリア経由で歩いて帰ると、ホテルの客室に灯された光がとても羨ましく思えた。きっと函館の1日を楽しんだ家族や友達やカップルが、ゆったりと客室で旅でなければ得ることのできない時間を楽しんでいるのだろう。

「自分も旅人になりたい」

しだいにそう思い始めた。

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そして時々旅に出るようになった。でも、私の旅は、自分の関心や好奇心に任せるものだった。それは、普段接することができないとても奇妙な自然のきれいで残酷な姿であったり、美術館で絵画を鑑賞するためのものだったり、とてつもない被害をうけた東北地方の街を自分の目で確かめるためであったり、札幌では決して感じることのできないパワーが密集した日本の首都であったり、いわゆる「観光」を目的としたものは数少ない「旅」に出るようになった。

旅に出るということは、自分にとって非日常の中に一人身を置くことであり、旅でなければ不可能な空間で自分を見つめ直すことであり、函館の日常生活ではありえない刺激を受けることだった。
旅の一シーンとしてホテルは重要だ。毎週毎月のようにどこかに旅行しているのなら別だが、1年に何度しかない旅をする時は、予算が許せる範囲でできるだけくつろげる広めの部屋をチャージする。もちろん部屋のデザインや空間なども大事だ。極端に言えば、夕方から外出しなくても決して惜しいとは思わなくなるような部屋が理想だ。(そうはいっても、もちろん出かけてしまうのだが、笑)

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旅人になりたい。旅に限らず、ずっと思っていると、それをかなえられるチャンスは必ずやってくるものだ。
さて、前回もお知らせしたように、ここ5年毎年訪れている奥入瀬に来週行ってまいります。
同じ場所に6年も連続で行くなんてなぜ?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、それが旅だと私は考えています。





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函館市民でも入舟町という町があることを知らない人もいるでしょう。名前は知っていてもどこからどこまでかというのも知らない人も数多くいるでしょう。だいたい西部地区は駅前・大門地区から函館山方面だと思っている人もたくさんおります。よく言われていることですが、函館のことを函館市民が一番知らないというのは、あながち誇張とも言えないと思っています。
ちなみに西部地区育ちの西部地区在住者の所見では(おそらく西部地区在住者はみんなそう思っていると思いますが)、十字街付近から函館山麓周辺を西部地区と呼ぶのが通例であると言えます。

と、偉そうなことを申し上げましたが、その西部地区の一角である入舟町に都会と田舎があること(正確にはあったこと)を知りませんでした。これは主に高齢者の間で話されているようです。決して私の私見でも何でもなく、実際に入舟町民の間で交わされている話であるということです。

さて、その入舟町の都会と田舎とはどこのことを指すのでしょうか?正直言ってここからがその境界だということは言えませんが、話されている雰囲気の内容から、入船漁港(正式呼称:函館漁港)からどつく前電停付近までが「入舟町の都会」で通称山背泊あたりが田舎だそうです。
おそらく、明治時代から昭和のある時まで、入船漁港は魚介類の水揚げで大いににぎわっていたのでしょう。そこから当時の函館の中心地であった十字街方面に向かう一番近い街として商業が盛んであったと容易に推測できるわけです。道路もそれなりに整備されていたのも一つの要因かもしれません。ところが、山背泊は知っている方は知っていると思いますが、車がやっと1台走れる程度の狭い道路で、その先は穴澗となっているため、広がりようがなかったのではないかと思います。

そんな理由で、入舟町にも都会と田舎があったのだと言われているのではないかと思います。函館の歴史をある程度知っている方であると、なるほどと頷けると思います。
確かに「入舟町の都会」には、昔商店や問屋であったのではないかという形態の建物が現在もたくさん残っています。

このように、函館は少しだけ顕微鏡的に見るととても面白い街なのですが、それを伝えるべき函館市民がそのことを知らないのが実情です。例えば江戸時代から現在まで消えずに残っている町名が、弁天町と大町だけなのですが、そもそも江戸時代の函館は入舟町・船見町あたりからせいぜい現在の豊川町あたりまでしかなかったのです(かなり大雑把に言っての話です)元々函館山麓には川と呼べる川がなかったため、ほとんど住民が井戸を掘って水を得ていたようですが、開国による人口増加で日本で2番目に上水道の整備がおこなわれたもののそんなに簡単にあちこちまで網羅できずにいたところ、石塚氏が谷地頭に自宅を構えるために井戸を掘ったところ、温泉が出て、それを市に寄付し、ずっと長い間市営温泉として(現在は民間委託していますが)市民のくつろぎの場となっています。

函館の歴史をちょっと調べると、とても面白いことがざくざくと掘り出されます。そんな函館はいくつもの面白い物語が作れそうな街なのですが、顕微鏡を持っている市民がそうそういるわけでないのがとても残念です。と、人のことを言っても仕方ないので、私もちょっと古びた顕微鏡で、また函館を見てみたい、そんなことも考えたりしています。




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仕事が休みだった昨日、風邪が治らずにいた私は、ほとんどの時間を自宅で過ごしていた。
と言っても、用事があったら出かけなければならない。休みにしかできない用事もあるものだ。
そのため昼頃一度出かけたが、やはり風邪の症状は芳しくなく、用事を済ましたら自宅でずっとおとなしくしていた。
ところが夕方、夕食の品数が圧倒的に少ないことに気が付き、また、外の新鮮な空気を吸いたくなったのも重なって近くのコンビニに歩いて出かけた。
その時だった。

どっく前電停付近のこの空気は昔から変わっていない。

そう思った。

どうしてそう感じたのか、少し考えてみた。もちろん少し考えてみただけではちゃんとした答えが浮かぶわけがない。でも、ひとつだけわかったことが、道路を走っている車の数が少ないこと、時間がとてもゆっくりゆっくり流れていること。
これは50年以上前から全く変わっていないことだと気付いた。

そう、街の持つ空気は何も変わっていないのだ。
変わったのは、人が少なくなったこと。大黒通の店舗が激減したこと。子供を見る機会が少なくなったこと。

考え方を変えると、「昔」という空気層が汚染されずにきれいなまま残っている。そんな街なのかもしれない。
赤川通や産業道路や昭和・石川という地域を車で走っていると、「なぜたかだか26万人程度の都市の道路がこんなに混雑していなければならないのだろうか?」という疑問を持ってしまう。どうして函館の人々はこんなに空気層が違う場所に住みたがるのか?函館独特の空気層を持っている地域に住むと、こんなに混雑もしていないだろうに。

ともかく、西部地区の空気層は変わっていなかったことに気付いた。だから、ひょっとして西部地区は衰退したわけではないのではないかと思った。
「函館」が持っている独特の空気層はそれほど変わっていないのだ。ただ、違う空気層を好む人々が、函館市という市街地の一部に集中して住んでいるのだと思った。

しばらく間、私は函館の街についてよほど気が向かなければ(あるいは、どうしても我慢できずに)話さず控えて来た。
でも、再びゆっくりとこの街のことを話し始めようと思う。できるだけ淡々と、話すべきことを、ゆっくりと。
今自分が住んでいる街が持っているなだらかなリズムのように。





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昨夜いつものように遅い時間に「ビアバー山下」に立ち寄った。遅かったためかたまたま他のお客さんがいなかったため、ずっと山下さんと話をしていた。
すると、山下さんが「今日か明日で、うちは20周年になるのです」と話した。

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????
創業者が自分の開店日を覚えていないということは、開店当時を知らない私などはわかるわけがない。
ご本人も「確か6月になる前に開店したことは確かなんです」くらいのことしか覚えていないので、私としては「そうらしい」としかお伝えようがない。

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でもともかく20年もこのような商売を続けていられるのは素晴らしいことだ。
その記念として山下さんの笑顔を撮ったら見事にぼけていた。この写真を出すのは失礼かと思ったが、表情がとてもよかったので出すことにした。

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そして今日、昼食のためある蕎麦店に行ったら偶然隣のボックスで山下さんが食事を摂っていた。

・・・・・、どうやら長い付き合いになりそうだ(笑)

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しばらく「単純に」思い付いた写真を撮るのを忘れていた。
ある時、写真を撮るのはとても難しく、ある時、写真を撮るのはとて簡単だ。

一眼レフにここ7か月以上手に付を着けていない。
たぶん本当はもっと簡単なものなのかもしれない。





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以前から噂の合った末広町の伝統的建築物の「日下部邸洋館」解体工事が始まりました。

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本日は業界用語でいう「中ばらし」の段階のようで、外観はまだキープされていますが、中ばらしが完了すると建物本体の解体に着手するでしょう。

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解体されているのは、この写真の左から3番目です。はっきり言って大きな損失です。また、この辺りの街並が変わってしまいます。
でも、現在の景観条例では強制的に解体を阻止することはできません。そして、建物は個人の所有物です。その所有者の最終的な判断に任されることになってしまいます。
それはきっと仕方のないことでしょう。どんなに助成金をもらったとしても建物の維持をするには不十分であることは歪めません。

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ともかく「終わりの始まりにならない」ようにと市民として望みを残すのみであります。



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先日、飲み仲間が集まりにお誘いを受けて、松陰町の「美笑」に行きました。初めての訪問でした。何でも、この日集まった人の一人が時々行っているお店だということで選択されたようです。基本的に、この歳になってお誘いを受けるということはとてもありがたいことなので(私の歳になると退職して家に閉じ籠っている人もいるということを考えると、とてもありがたい。私はまだ仕事をしていますけど)喜んで参加した次第なのです。

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料理の様子はご覧のようなものです(笑)このブログは世の中に嫌というほど溢れている「食レポ」系のものではありませんので、詳細を知りたい方はそのようなブログかサイトでご覧いただきたいのですが、印象に強く残ったのが、大海老のてんぷらと刺身でした。もう、腹いっぱいご馳走になりました(笑)

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さて、このお店も大雑把な地域としては五稜郭方面であるのですが(実際は柏木町電停が一番近い)、4月からこの地域での飲み会がこれで5回続いております。うち一回は酒を飲まずに自家用車で帰宅したのですが、その他の帰宅は全て代行車を利用いたしました。その代行車代だけで4回でかるーく1万円を超えてしまいました。それもうち2回は同じ方向に帰る方からカンパをいただいての結果です。
しかし、この代行車帰宅の飲み会4回のうち2回はお相手の方にご馳走になったため、総支出としては大袈裟なものではないのですが、代行車でこれほどのお金を使うというのが何となく私は馴染んでいないので、どうも気持ち的にすっきりしないのであります。

ちなみに、このお店の女将さん(本人はママですとおっしゃっていましたが)とお姉さんは青柳町などの西部地区に住んでおり、今回集まった私たち7人の内4人が西部地区に住んでいながら松陰町のお店に偶然とはいえ集まっている。この現象にはちょっとした違和感を持った次第です。このお店が例えば十字街付近にあったら、仲間たちと時々行ったかもしれないし、お店の方々も出退勤が楽になるだろうし。何で松陰町なの?
もちろんこれはたまたま西部地区の住人が多くいたからの偶然の話ですので、普段は地元のお客さんなどで賑わっている時は違和感を感じないのかもしれません。でも、先月偶然2度行った杉並町のイタリアン料理店の店主さんも西部地区在住で、何でそのような方々が「五稜郭」方面でお店を経営し、客として西部住民が行くのか?やはりちょっと複雑な気持ちになってしまいます。

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その中間点として大門あたりにそのようなお店がたくさんあればいいのでしょうが、残念ながら今大門は観光客向けの飲食店街になりつつあるため、市民もなかなか行かない場所になっています。

富岡町で飲食店を経営しているある方が話していましたが、富岡方面はいわゆる常連客が少なく、色々な店を転々としていることが多いとのことでした。それがお店そのものの問題なのか、住民性の問題なのかは、じっくり観察する機会もないのでわかりませんが、西部地区ではそれぞれのお店に常連客が安定的にいることが羨ましいと話していました。参考までに、一昨年富岡町の美味しいランチがあるというカフェができたと聞き、訪れてみたいけどいつも駐車場がいっぱいで行きそびれているうちに最近閉店したという話を耳にしたことがあります。

一部の西部地区ファンでよく言われていることですが、「会社の飲み会などであれば一次会は本町になるのは仕方ないけど、そこから離れた後個人的に飲みたいと思うのは
西部地区になる」という現象。

今回の文章は、あくまで西部地区住民から見たものですので、西部地区からずっと離れた地域にお住まいの方々には、「だからと言ってそっちの方まで飲みに行くのは大変だ。面倒くさい」という声が上がるのは容易に想像できます。でも、これだけは言えるのですが、お付き合いのために仕方なく行くのではなく、わざわざタクシー代をかけても行きたいというお店が西部地区にはそこそこあるのですが、わざわざ高い交通費をかけて西部地区からぜひとも行ってみたいというお店は、今市内で人口が多くなっていると言われている地域にはありません。

ということで、結局は西部地区に住んでいる私としては、やっぱり西部地区で飲むのが一番落ち着くという個人的なお話でありました。決して私が行ったお店がひどかったという話ではありませんので、どうぞ誤解のないようにお願いいたします。





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本日初めて本通のcapelli(カペリ) 185に髪を切りに行ってまいりました。
前々からここのオーナーである竹田さんから聞いていたのですが、本人がいると思っていた Luluwdy(ルルーディ―)に電話したところ、本通のお店に移りましたとのことでで、まぁ一度顔を出してみましょうかということで行った次第です。

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面白いことに店舗正面のウインドウにも美容室の名称である「capelli 1858」という文字はなく、また、ショップカードも「galleria 1858」がメインとなっており、capelliは下に記載しているという、まるでギャラリーのついでに美容室の仕事もやっているような感じになっています。その証拠に絵画がたくさん。

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そして、オーナー自ら描いたドアの絵画。

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でも、それでも美容室の部分もあります。

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少し待ってオーナーの竹田さんに髪を切ってもらいましたが、さすがにオーナー含め2人しかスタッフがいないとと、ルルーディーではなかった竹田さん本人が私の紙をシャンプーし切り、セットするまで全て自分でやりました。そして、カットが終わると、二人で珈琲を飲みながら色々な話をするという、ルルーディ―ではあまりなかった時間を作ってくれました。これは、竹田さんが1日に受ける予約は1日2名までと決めているからなのではないでしょうか。
その数少ないお客さんをより丁寧におもてなし、美容室とだけではなく、ギャラリーとのコラボ文化を楽しんでいただこという意図があるようです。

その代わりカット料金はぐっと上がましたが、まぁ、2回に1回は行こうとと思っています(笑)
なお、展示されている絵画は販売はもとより、リースなどもできるそうです。企業のイベントなとに使えそうですね。

あっ、そう言えばなぜ185という数字を店名にしたのか。聞くのを忘れました。今度行ったら聞いておきましょう。






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ある時、ふと思ったことがある。
それは、函館のオシャレなカフェに、普通に年配者がお客さんとしている、ということ。

函館市民にとってはそれが普通であるため、ほとんど意識したり、考えたこともないかもしれないが、他の街ではちょっと違う。もちろん私も全国各地のカフェを歩き回ったわけではないので断言はできないが、少なくとも札幌ではあまり見かけない光景なのだ。実際、札幌でそれなりにオシャレと言われているお店のお客さんは、だいたい30代くらいまでがなぜか多い。私もそういうお店に函館感覚でお気楽に入っていくのだが、周りを見回しても、私と同じような年代を見かけたことはほとんどなかった。
私は普段と変わらぬつもりでいても、何となく周りの雰囲気がちょっと違う。

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この写真を撮ったお店、cafe D'ici の店主さん(札幌居住経験あり)も同じ感想を持っていた。札幌ではあまり見かけないと。そして、年配者も若者も関係なく来ていただけるのはとても嬉しいとも。それを望んでいたとも。

札幌はどういう経緯なのかはわからないが、年齢別に「住み分け」ができているような気がする。もちろん年齢関係なく様々な年代層のお客さんがいるお店もある。だが、そういうお店は、コンセプトも店内の雰囲気もそれなりになっている場合が多く、特段「オシャレ」とは言えないお店が多い。若者が好奇心を持って行くお店は、違った角度で見た場合、我々年配者はきっと入りづらいのだろう。

きっと、それは珈琲の歴史が、札幌より函館の方がずっと昔から定着していたからではないからと思っている。明治初期から、当時高価で一般市民の生活の一部にはなりえなかった珈琲が、函館では当たり前のように普通の人々が飲んでいたと言われている。珈琲はとても身近で、だから時代とともに喫茶店からカフェなどと呼び名が変わっても、近くにあるちょっと雰囲気のいいお店に気楽に入っていける。きっとそんなものなのではないか。
私は思う。

でも、これから函館以外の街に行ったとしても、いいおじさんが函館と同じようにふらりとオシャレなカフェに立ち寄ったりするかもしれない・それは現地の人にしてみるとちょっと驚くことなのかもしれないが、函館では普通な光景なのである。そういう意味で、函館はカフェ文化としては他の街よりも成熟しているのかもかもしれないし、それが函館のやさなのかもしれない。




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