タグ:函館の街 ( 517 ) タグの人気記事

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ある時、ふと思ったことがある。
それは、函館のオシャレなカフェに、普通に年配者がお客さんとしている、ということ。

函館市民にとってはそれが普通であるため、ほとんど意識したり、考えたこともないかもしれないが、他の街ではちょっと違う。もちろん私も全国各地のカフェを歩き回ったわけではないので断言はできないが、少なくとも札幌ではあまり見かけない光景なのだ。実際、札幌でそれなりにオシャレと言われているお店のお客さんは、だいたい30代くらいまでがなぜか多い。私もそういうお店に函館感覚でお気楽に入っていくのだが、周りを見回しても、私と同じような年代を見かけたことはほとんどなかった。
私は普段と変わらぬつもりでいても、何となく周りの雰囲気がちょっと違う。

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この写真を撮ったお店、cafe D'ici の店主さん(札幌居住経験あり)も同じ感想を持っていた。札幌ではあまり見かけないと。そして、年配者も若者も関係なく来ていただけるのはとても嬉しいとも。それを望んでいたとも。

札幌はどういう経緯なのかはわからないが、年齢別に「住み分け」ができているような気がする。もちろん年齢関係なく様々な年代層のお客さんがいるお店もある。だが、そういうお店は、コンセプトも店内の雰囲気もそれなりになっている場合が多く、特段「オシャレ」とは言えないお店が多い。若者が好奇心を持って行くお店は、違った角度で見た場合、我々年配者はきっと入りづらいのだろう。

きっと、それは珈琲の歴史が、札幌より函館の方がずっと昔から定着していたからではないからと思っている。明治初期から、当時高価で一般市民の生活の一部にはなりえなかった珈琲が、函館では当たり前のように普通の人々が飲んでいたと言われている。珈琲はとても身近で、だから時代とともに喫茶店からカフェなどと呼び名が変わっても、近くにあるちょっと雰囲気のいいお店に気楽に入っていける。きっとそんなものなのではないか。
私は思う。

でも、これから函館以外の街に行ったとしても、いいおじさんが函館と同じようにふらりとオシャレなカフェに立ち寄ったりするかもしれない・それは現地の人にしてみるとちょっと驚くことなのかもしれないが、函館では普通な光景なのである。そういう意味で、函館はカフェ文化としては他の街よりも成熟しているのかもかもしれないし、それが函館のやさなのかもしれない。




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ある年齢を超えた人々にとって、この風景は函館の原風景ではなかろうか。

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そして今は無きこの建物も、例えば小学校の同級生の誰かの自宅だったような気がしてしまうのは私だけだろうか?

この建物の中で、誰にも語り継がれることない小さな家族のドラマが、ひっそりと、しかし間違いなくあったのだろう。
いずれ私たちの小さなドラマも、建物が消えてそこに何があったのかすら忘れ去られるように、土に戻り、海の引き潮に呑み込まれて行くのだろう。
その時まで自分に何ができるか。それはまだ始まっていないのかもしれないし、もう既に終わってしまったのかもしれない。

そんな空気の微細な重さを感じながら、私は古き建物を見る。





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今日の夜、幹線道路は今冬最悪のアイスバーンでした。気温が2度という微妙な温度であったため、凍り始めて、まるできれいに整備されたスケートリンクの氷面が少し溶けて水分が絶妙に表面に浮いているいう、最も滑りやすい状態でした。

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そこで私はあえてでこぼこ道でも、できるだけ交通量の少ない道を選びゆっくり運転して帰宅しました。が、天気予報では金曜日から観測史上最も厳しい寒さがやって来るとか・・・・・。



車のエンジンかかるかな・・・・・・。
あっ、写真は今日のものではありません。





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風力発電機と山々。江差町にて。

前回、現在の中心市街地と言われている美原地区を、「前時代の思想による街」と呼んだ。どうしてそのようになったのか。それは、車中心の道路整備によってできた街だからと述べたが、それによって歩けない街になってしまったのも流れとしては当然のことだ。また、その背景には、大型商業店舗が集まっており、それらが車で乗りつけて買物をすることが前提となっている施設であることも拍車がかかってしまった。
このような街並では、庶民が享楽できる店舗は育ちづらい。一番いい例が、飲食店だ。それも飲み屋さんである。歩けない街に酒を飲みに行くことは困難だ。私も最も落ち着いて酒が飲めるのは、自宅に車を置いて、車のことを何も考える必要のない状態になった時だ。だから、今も酒を呑むのは本町が中心となっている(個人的には大門で飲むのが好きだが)。札幌が大都市である理由のひとつは、いくら客足が衰えたとはいえ、絶対的存在として「すすきの」が存在していることにある。馬鹿なことを言うなと思われるかもしれないが、街の繁栄のためには「色々な意味」ですすきののような歓楽街が必要なのだ。また、カフェや雑貨店等の若者向けの店舗も然り。

つまり、美原地区は本来、週末に家族で車に乗ってまとめ買いなどをする、「郊外型店舗」中心の街であるべきだったはずなのだ。それがなぜか住宅地も兼ね備えた中心的存在になってしまった。これは衰退型地方都市の典型的スタイルである。函館がそのようになってしまったのには、単なる都市計画上の問題だけではない。旧市街地の借地問題や建築基準法上の許可が下りない道路、一個の宅地が狭小であるなど、現代生活にそぐわない要素が多くあったということも大きな原因だ。
そのため、ある程度の広さを持ち、自己所有できる住宅地が産業道路より山側に出現した。これによって土建業・建築業はある程度潤った。特に今の北美原地区の開発は広大なものなり、バブルが終わってからもなお、しばらくの間、函館の建築土木業にはその恩恵があったはずだ。建築土木業にとって、原野を道路や宅地などに変えることは将来の仕事を約束されたものだから、市街地拡大の都市計画はありがたいものであったに違いない。

ところが、今はというより10年以上前からそんな時代ではなくなった。少子高齢化が将来の課題として挙げられた時点で、都市計画も抜本から見直さなければならなかったのだ。これは全国的な課題だったのだが、函館もやっとその必要性を認めざるをえなくなってしまった。

さて、函館の中心を美原地区に据えると仮定しよう。そのために、高齢者でも歩いて買い物などができる街に変貌させる作業を行うことにしたとする。そのためには膨大な費用がかかるはずだ。街並の再整備や、今でさえ渋滞する交通網の整備のための、道路拡幅や渋滞解消のための新たな道路の敷設、公共サービス施設の移転など、高度経済成長時期に行った開発をもう一度行わなければならない。そんな金が函館市にあるのだろうか?

もうひとつの問題として、仮にそのように整備ができたとしたら、当然また市民の住居移動が始まる。旧市街地は今よりも廃れたものとなるだろう。特に若者が少ない西部地区は見るも無残な街並になるだろう。人が住まなくなった建物は朽ちるのが早くなる。また、街の中心が移動すると、当然夜景も変わる。正直に言って、昔見た夜景の方がきれいだった。どのような夜景か?函館山の手前側が明るい夜景だ。今はまだかろうじて夜景を売り物にできているが、街並が変わるとそれも大きく変わる。その時、観光に変わる主幹産業を構築することができるのだろうか?
もっと平たく言えば、「あんた、観光を捨てて何か市民が食っていける仕事を作れるのかい?その覚悟はあるのか」ということだ。
まさか今時企業誘致という前々時代の手法が通じるわけではないだろう。観光を捨てても市民が食っていける企業となれば、企業本体が大規模で、かつ二次的・三次的に裾野が拡がる産業が構築されなければ難しいだろう。今の函館にそのような企業・産業が誕生する素養はあるだろうか?

物事は全体的に考えなければならない。高齢化社会、それを支える金を産み出す産業、交通網、都市形成等々。観光もその他産業もという都合のいい選択はできないはずだ。そこまでの潤沢な金はない。私たち市民は覚悟を決めて、これからの市街地形成を考えなくてはならない。その岐路に立たされているのだ。

今日、実家に立ち寄ったら、父が雪掻きをしていた。実家に隣接する向こう3軒の家の住人が全て高齢者で、なおかつ、病気で動けないため、80近い父が自宅を含めて4軒分の雪掻きをしていたのだった。病気になっている高齢者たちは、全て父より年下だ。体がとりえの父は、整骨院に通いながらも4軒分の雪掻きを毎日やっている。休日だった私は雪掻きの手伝いをしてきた。
街並を考える時は、暖かい室内の机上で考えるのではなく、高齢者と一緒に雪掻きをして考えなければならない、と思っている。

次回に続く。




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ささきようすけ作品。「道南美術の21世紀」北海道立函館美術館にて開催中。

前回・前々回と美原地区を中心とする産業道路周辺の住宅地を否定的な論調で述べた。それに対して、お叱りとも言えるコメントをいただいた。断っておくが、私は特別に美原方面が嫌いであるとか、住民が嫌いであるというわけではない。ただ、美原地区が中心地化することに、函館の危機を感じてやまないからなのだ。
元々、今回述べようとしていたことに、その危機感も含まれていたため、まずそのことから述べよう。

今回の題材に対して数多くの方からコメントをいただいた。反対意見も多かった。それでこそある意味健全であると思う。だが、残念だったのは、前回私が述べた「観光に替わって函館市民が食べていける主幹産業をどうするのか」という問いかけに答えてくれた方は誰一人いなかったことだ。
街を整備して欲しい、利便性を良くして欲しい、などは消費者的発想だ。それでは、それを実行するための財源はどうするのか、税収を上げるためにはどうするのかという発想は置き去りにされている。国の税収と同じように、探せば無駄な支出は大いにあるだろう。だが、街を整備するという事業に要される金額はそのレベルを超えるところにある。その金をどうやって作るのか?また、今のままの都市形態を維持するにも金がかかる。人口が減り、高齢者の割合が高くなる将来、次第に要求のレベルが上がる市民の公共サービスを、減るであろう税収でどのようにカバーするのであろうか。それを補える、多額の法人税を納めてくれる巨大企業が誕生するのであろうか?

函館市の過去と現在と未来予測の人口を調べてみた。函館市のメイン市街地である、旧函館市(昭和48年、旧亀田市と合併した時の函館市)の、旧亀田市合併直後の昭和50年の人口は、約32万人であった。その頃、旧亀田市(主な地域は、富岡・美原・桔梗・中道・鍛治・本通・山の手・東山・昭和など)は、5万人強の人口しかなかった。ところが、住宅地の拡大によって、平成22年末には、約12万人が暮している。倍以上になったわけだ。ところが、函館市全体(戸井・恵山・椴法華・南茅部を除く)の平成22年末の人口は約約27.5万人しかいない。
これを何を意味するか?つまり、現在の市街地(戸井などを除く)は、約40万人以上が居住できる広さを持っているが、その7割にも満たない人口しかいないということだ。それが、平成47年には人口が19万人になるとの予測が発表されている。つまり、今の市街地の半分の土地は不要となるということだ。

これをもう少しわかりやすく説明しよう。かなり大雑把になるが、湯の川からの電車通りを函館港に向って万代町あたりで分けたとして、函館山方面でも、美原方面のどちらでもいいが、半分に人が全く住んでいないのとほぼ同じ状態だということだ。
もしこのような人口で現在の市街地を維持するとすれば、無人の半分の地域の道路の舗装の修繕や水道維持・下水の処理、ゴミの収集などを、誰も住んでいないのに行うのと同じことになるのだ。そうなると、公共交通機関などは、便数の増加などのサービス向上どころか、まだあるだけましという状態になる。恐らく減るであろう公務員は、その少ない職員数で、割合的に広くなった地域の公共サービスを行わなければならなくなる。当然公共サービスの質は低下するだろう。

これらを補うのがコンパクトシティなのだ。この考えは生産者的発想になるとわかるであろう。現状の社会を消費するという発想の下では、私の考えは、ネガティブだとか否定ばかりだとか思われるかもしれない。だが、どう思われようが来るものは来るのだ。今のままずっと暮していける可能性はかなり低いということだ。

さて、ここで言う消費者的発想とは、「現状の収入が続くと思い、より自己が受けるサービスの向上を期待し、社会に対して要求する」考えである。生産者的発想とは、「その消費を支えるために、経済的・社会的・地域的基盤を作る」考えである。この双方がバランスよく成り立っていれば問題ないのだが、今は、消費者的発想の方が世の中に幅をきかせているのが実情だ。だから国レベルでは赤字国債の発行を続けなければならないのだと思う。公務員の無駄遣いも、「自己が受けるサービスの向上」のためだ。

札幌のような大きな地域の中心地という役割が与えられている都市は、商業都市として成り立ち、消費者的発想が幅をきかせていても吸収できる部分が多い。しかし函館のような地方都市は、何かを生産していかなければ、衰退の一途を辿るだけだ。だから、市民は産業のことも同時に考えなければ、全体的な視野に立ったとは到底言えない。

とても残念なことだが、今の市街地を維持することは、将来的には困難だといわざるをえない。そのためには、市街地を縮小するしかない。市が今回発表した都市計画マスタープランで示した将来の市街地でも広いくらいだ。
では、街全体をどのようにコンパクにしたらいいか。次回はそのことを説明します。




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濱田啓塑作品。濱田啓塑のうつわ展「はる Ichiban・・・幸せの予感」ギャラリー三日月にて開催中。

少し間が空いてしまったが、今回の記事は執筆に時間がかかると思い、休日前夜に取り掛かることにした。さて、私は前回まで一度も「駅前を中心街にするべし」とは発言していない。しかし、都市計画マスタープランを肯定的に表現し、そのマスタープランには駅前の再興を目差すかのような指針が示されており、ちょうどタイミング良く「中心市街地活性化協議会」なるものが、駅前を中心地として据えた提案を発表したばかりで、なおかつタイトルが読み方によっては駅前を函館の中心地にしようと捉えられてもおかしくない表現になってしまったため、私の持論が昭和40年代前半までの函館市の再現を提唱していると誤解された方もいらっしゃるだろう。
だが、私はずっと前から本ブログにおいて、駅前は商住混合地域にすべきだと主張している。では、私が考えるコンパクトシティーとはどんなものなのかを述べてみたい。

2.コンパクトシティーにすべき理由(現状)と施策
(1)交通網
現在、旧亀田市の道路は朝夕の混雑がひどい。この原因として考えられるのが、北斗市・七飯町からの乗り入れも含めた通勤によるものであり、人口分布上の原因も大きくある。だが、それに加えて、通り抜けることができる道路が少ないことが拍車をかけている。
この地域は近年いくつもの道路が新設や拡幅されているが、それでも大きな渋滞解消には至っていない。そして、今後も渋滞解消できる要素はない。なぜなら、この地域には道路整備をできない事情があるからだ。

旧函館市と旧亀田市が合併すると、急激に市街地が旧亀田市側に広がった。その広がりに伴った道路整備計画をとることができなかったため、特に、富岡・昭和・鍛治・中道地区には行止りがある私道が数多くある。道路幅は狭く、とてもではないがバスの通行が可能なものではない。
ちなみに、私道を公道にすると色々な面で整備が進むのではないかと思うかもしれないが、公道に認定されるためには「通り抜けできる道路」でなければならない。この地域は、元々農地であった土地を、住宅地が拡がったために、農地所有者が切り売りしてできた住宅地がいたる所にある。建築基準法上では、4メートル以上の道路がなければ建物を建築できないため、とりあえず売る箇所だけその基準を満たしたと思われるような道路が数多くある。

そのように私道が作られたため、舗装が進んでいない地区が随所に見られる。舗装道路とは、市が上下水菅と雨水菅の敷設を含めた全てを施工・管理している道路のことだ、一方私道の舗装は道路所有者の任意であるため、あっても簡易舗装(表面だけ舗装する)に終わっており、また、道路地下に上下水道管を敷設するにも道路所有者の承諾が必要であるため、整備が進まない場合もある。
実際、市街地のど真ん中で、前述の承諾をしていない地主のために、下水道が通っていない場所もある。今時だ。その地域ではいまだに汲取り式の便槽を使用している。

また、現在は公道でも、昔私道であった道路に敷設されている水道管が私設のものであることも多い。信じられないかもしれないが、美原地区に目立って多い。恐らく産業道路が大きく拡幅されて市街地化が進んだ頃に、住宅地開発を行った不動産会社が敷いた水道管であろうと思うが、これも市のものではないため、仮に老朽化したからといって、市が勝手に交換をすることができない。
信じられないかもしれないが、旧亀田市にはこのような盲点が多い。いわゆるライフラインが不安定であるということだ。

さて、話が逸れたので交通網に戻そう。旧亀田市にはこのような難点があるため、旧函館市のような碁盤の目のような道路網を築くのは不可能だ。近年盛んに行われた道路拡幅・新設は、新外環状線にアクセスするための道路整備であり、新外環状線が完成したら、旧亀田市地区での道路整備は行われないとのことだ。都市計画図上での「計画道路」はあるが、予定は全く立っていないという。
つまり、今以上に良くなるということはないということだ。

これは何を意味するか。幹線道路・準幹線道路、つまりバスが通行できる道路の間隔が広いということだ。バス通りとバス通りのちょうど中間点に住む住民、特に高齢者には、バス停まで歩く距離が長いのは大変である。
その点、旧函館市は、幾度もの大火の経験から、広い道路が狭い地域の中に幾本もある。宝来町電停から松風町電停を通り五稜郭公園前、そして赤川通りに至る道路。高砂通り、八幡通り、どつく前電停から駅前・昭和・七飯町に続く、国道279号線・国道5号線の4本もの道路が、函館港と大森浜までの狭い地帯にある。これは、コンパクトシティを目差す上で重要だ。歩ける街には、近くにバス停・電停があることが必要である。

このように、自家用車を利用しない交通網という点では、旧函館市の方がはるかに整備できる可能性が高い。後は人が住めば、バス・電車の運行本数も増大できる。

次回に続きます。




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宝来町・銀座通り。

今夜2度目の記事の投稿となるため、簡単に記します。
詳細は次回に解説いたします。ご意見のある方は、次回をお読みいただいてからお願い致します。

(3)新中心地と他の地域の役割の提言

函館の中心地として提案する場所・・・・新川町から千代台公園
本町方面・・・歓楽地、商業地区
駅前・大門方面・・・住宅地・商業地
湯の川方面・・・スポーツ施設集中地域、スパ地域
十字街方面・・・デザイン他のクリエイト産業地域
西部地区全体・・・中年以上の居住区
美原、石川、昭和、桔梗方面・・・北斗市、七飯町所在企業の就業者の住居地域

以上の大きな分け方をしました、その理由と効果については、次回詳しく述べます。




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