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函館ストリートカメラマン_a0158797_23182533.jpg

ここしばらく、ずっとinstagramに没頭しておりました。写真を世界で見てもらうためにはどうしたらいいか。twitterでハッシュタグなどで探ってみてもなかなか世界に通じませんでした。そこでinstagramで色々検索してみたら、世界中の色々な写真が飛び込んでまいりました。
そして、不思議なことに、ハッシュタグを世界仕様にしてみたら世界各国の方々が私の写真を見てくださいました。それも、カメラマンははもとよりネグラフィックディザイナーや、グラフィックアーティストなどがアクセスしただきました。

私のアカウントに投稿しているものは、函館の風景を主流としたもので、それを世界で使われているものにしたところ、私の写真をご覧になってくれる外国人がどうも増えて来ているようです。

ハッシュタグの一つの#streetstories、ってよくよく考えますと、私が自分のことを、函館ストリートカメラマンと呼び、写真展などをやっていた頃の、私の感覚と見事に合致します。
何も考えずに、路上で写真を撮ることが多いのだから、ストリートカメラマンという呼び名を当時思い付いたのは、あながち大袈裟な謳い文句ではなかったのかもしれません。
そして、ずっと思っていたのですが、日本人の写真よりもヨーロッパの写真の方が、なぜかすーと自分の中に入って来るのです。

そうだ、自分は函館のstreetphotographerであったのだと、再度実感したわけであります。
毎日1枚地道に投稿しています。
さて、これからどうなるのてしょうね。





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田本研造の知られざる写真_a0158797_00031250.jpg

ここに田本研造氏の写真を撮影した写真がある。とある西部地区在住の方が約8年前に私に見せてくれた時、その写真を撮ったものだ。
初めての田本研造氏の写真(展示などしていないもの)を見たために親指と人差し指でつかんだ時、手が震えた。
「これは明治時代に撮った田本研造氏の写真だぞ」そう思うと間違っても傷つけてはならない。緊張が全身に走った。田本研造ご自身が撮ったかどうかの鑑定などできない私には、この写真の下には「師真寫所(実際は旧漢字)會 製造研本田 港館函道海北」とプリントされているだけで、他の資料から明治11年頃のものではないかと推定されているので、まだ当時はご本人が撮ったものだと信じて疑わなかった。
この建物はもう現存せず、大正時代にこの場所に別の建物が建築され、その一部が今でも現存しているが、その完成時の写真は田本寫眞館という名称に変わっていた。

これは、函館中央図書館にも記録されていないもので、純粋に個人所蔵のものである。
見ると軍人の姿が多いが、所有者によると当時は建てたと同時に軍部からの命令で司令部として兼用されたためにこのような写真になったのでは、ということだった。

田本研造氏の写真輪手でつかむ機会など、ありそうでなく、あったとしてもほんの一握りの者にしかその機会が与えられていないのだろうと、と思っていたら、こんな私でも触れることかができた。

このような写真を見て、写真というものに対して自分なりに思うことを次回述べさせていただきたいと思う。

※田本研造氏は函館に来訪したロシア人より写真撮影技術を学び、その後、榎本武揚や土方歳三などの人物の写真を撮影したとされている。また、北海道の開拓の記録を撮影したりと、全国的にも著名な写真の草分け的存在の一人である。




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自転車のある風景_a0158797_23064639.jpg


自転車のある風景_a0158797_23071069.jpg


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自転車のある風景_a0158797_23080541.jpg




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「函館写真」連続投稿中_a0158797_22224230.jpg

10周年シリーズの間を空けて、少しだけ現在のことを。
以前ちょっと話したかもしれませんが、今まで撮った函館での写真をinsatgramでは基本的に毎日、twitterでは何枚かまとめて投稿することにしました。

「函館写真」連続投稿中_a0158797_22272643.jpg

そのほとんど(あるいは全部かも)がこのブログで掲載したものであると思います(本人もたぶん覚えていない)
ですが、さすがに私が投稿した写真全てをご覧になっている方はいらっしゃないでしょうから、初めて見る写真もあるかもしれませんので、どうかこの機会にご覧になってみてください。基本的にはモノクロ写真を投稿しています。カラーだったものもモノクロに変えているものもありますので、また違った見方がだきるかもしれません。

「函館写真」連続投稿中_a0158797_22332062.jpg


instagramのURLは → hide1969jk
twitterのURLは → jhm

ですので、よろしかったらご覧になってください。

「函館写真」連続投稿中_a0158797_22430983.jpg





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大町の長い影_a0158797_00161101.jpg




大町の長い影_a0158797_00164259.jpg




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12月の冷たい雨には元町のカフェでココアを_a0158797_23364183.jpg

今日午後に冷たい雨が強く降り始めた。
約半月前に根性で直した(笑)風邪が再び私を襲って来た。
かと言って寝込むほどでもない時は、カフェでココアを飲むのが一番だ。

12月の冷たい雨には元町のカフェでココアを_a0158797_23394680.jpg

別に誰かと話し合うわけでもなく、ただココアの温かさと甘味をゆっくり体内に注ぎ込む。
こんな時は暖かい格好をしてただ体を暖めること。

12月の冷たい雨には元町のカフェでココアを_a0158797_23425072.jpg

おやすみなさい。





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気付けば大門が賑やかになっていた_a0158797_22404431.jpg

この写真は約6年前に撮影されたものだ。
もちろんこの頃はまだ和光デパートがあり、ボーニ森屋も普通に営業されていた。きれいにめかしこんだおばあちゃんが「お出かけ」でボーニ森屋に入って行くのを度々見ることができた。
でも、夜になるとこの辺りは閑散となり、繁華街という言葉とはかけ離れた街になっていた。
現在は、和光もキラリス函館という施設に変わり、ボーニは閉店し静かに解体される時を待っている。
ところが、夜は6年前とは大きく変わって来ている。

それを感じ始めたのは今年の春あたりからだった。たくさんの観光客が夜の大門を歩いている場面を数多く見かけ始めたのだった。その兆候はたぶん去年あたりから始まっていたのかもしれないが、より顕著に感じたのは今年になってからだった。
北海道新幹線開業直後の時も今のような賑わいはなかった。きっと観光客の方々は夕食をサッと済ませてずっとホテルおとなしくしているのだろうな。せいぜいコンビニくらいは多少売り上げが向上した程度ではないか。そんな雰囲気に私は見えた。つまり、昼の観光が終われば、地方にあるような温泉旅館に泊まったように宿泊施設に閉じ籠って(せいぜい出かけるとしても夜景を見に行く程度か?)次の日に備える、そんな観光客が多かったのではないかと思えていた。

ところが今年は、夜も函館を楽しもうという雰囲気を感じる。もちろん地元市民もそれなりに歩いてはいると思うが、ともかく、大門を歩いている人の数は、ひょっとしたらほぼ地元市民しか行かない本町よりも多いのではないかと思える(もちろん感覚としてだが)
いずれにしても、観光客の方々が「函館を観光」するというより「函館で遊び楽しむ」という傾向に変わってきたのではないかと想像できる。そうです。函館は観光スポットだけでは済まない味のある魅力がいっぱいあるのです。
そう言えば、西洋系の外国人の観光客も増えているようなことも聞きます。とてもいい傾向だと思う。
知人のある人が「仕事の関係で全国各地を旅したが、函館はここしかない独特のものを持っている」という話をしてくれた。ということは、世界から日本に来た方々にとっても函館は独特の魅力を持っていると感じてくれるだろう。

跡は、私たち市民がその魅力を失わないように、函館の面白さをキープし、また、新たな楽しみを与えることができるよう努めなければならない。
きちんと守るべきものは守り、刷新すべきものは大胆に実行し、せっかく視野が広がった観光客の方々の期待を裏切らないように努めなければならない。
このいい中瀬れを停めてはならない。




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函館が面白くなってきている_a0158797_00264304.jpg

今年の夏の函館はちょっと面白くなってきた。
先日のバルも大盛況だったようだし、そのようなイベントがなくても、観光客の方々が西部地区をくまなく見てみようという行動に変化しているようだ。
いつものイタリアンで店主さんと話したが、今年は明らかに観光客とわかるお客様がけっこうふえたそうだ。そのお店は主に常連客が入れ代わり立ち代わり訪れる、人気があるお店なのだが、今年は客層に変化があったという。いつも地元民で賑わっていたお店に、まだポツリポツリだが、白人のお客様も少しだけ増えていたようだ。
そして、今までであれば、観光を終え、ホテルに帰るために使用うする電停は、最もどつく寄りで末広町から乗るのがほとんどだったが、今年はその一つ先の大町で電車に乗る「観光客と思われる人」が、まだ数は多くないが、それまでのほとんどゼロから何人か乗車するという傾向が見えた。
また、夜に末広町方面から大町方面に歩いている観光客らしき若者も多くなったように見える。

つまり、定番のベイエリアや元町や函館山だけではないものを、函館に求める方々が増えて来ているかもしれないということだ。先日の幸坂でご紹介したように、だんだん普通の観光ルートを巡って、次に来た時はもっとディープな函館を楽しみたいという観光客が増えたのかもしれない
もし、それが本当ならば。函館はもっと面白くなるだろう。なぜなら、観光スポット以外にも函館の良さを現している場所がたくさんあるからだ。それを定番観光コースを回っても、たぶん一度行けばもう充分という楽しみ方から、函館という町を楽しみたいという観光客が増えたのかな、というあらわれなのではないか。

これは函館にとってはとても重大な転機となる前兆なのか?
まだ結論づけたりするのは、時期が早いかもしれないが、それでもたぶん函館は面白くなって来ているのだろう!




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大町・弥生町の建物風景_a0158797_22572181.jpg

なぜ大町と弥生町の建物なんだというと、単なる偶然としか言えないのですが、実はこの2つの町、もっと注目されてもいいのではないかと密かに思っているのは確かです。
大町は江戸時代から既にあった町名で、何となく日本古来からありそうだという言葉の響きがあるし、弥生町もまたその響きがいい。そして、よく見ると函館の隆盛と衰退が同時に存在している町でもあり、もっと何かをすればいい街になるのではないかと考えてしまうのです。

大町・弥生町の建物風景_a0158797_23102513.jpg

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大町・弥生町の建物風景_a0158797_23133118.jpg

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今回は画像が少ないですが、またぶらぶらしながらいつまでも撮り続けてその魅力をお伝えしたいと思います。




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姿見坂と姫リンゴの樹_a0158797_00170827.jpg

姿見坂。
通説では、この坂の坂上に遊郭があり、遊んで坂を下る時、何度も遊郭の女性の姿を振り返り見たことに名の由来があるとされている。その名前自体とても趣深く情緒あるものだと思うが、姿見坂と呼ばれるようになったのはいつの頃からなのか、そもそも明治初期の地図を見ると他の坂と同様に、この坂も1本で繋がっていたわけではない。
だから、遊郭で遊んだ男たちがこの坂のどのあたりで振り返り女性を見たのか、今となっては想像もできない。
函館の歴史書を丹念に調べたら、その答がどこかにあるのかもしれないが、今はそこまで調べる時間とパワーがないため、坂上を眺めながら自分ながらに想像するしかない。

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これはバス通りあたりから下を撮影したものだが、今では上も下も生活感(と言っても、もちろん独特の雰囲気はあるが)がある西部地区では普通の坂に見える坂のひとつだ。しかし、この坂の住民は面白いことをする。写真右に写っているのが姫リンゴの樹だ。これは、ある時すぐ近くに住んでいた人がたまたま植えてここまで成長したものだ。いちおう、歩道内であり私有地ではないのだが、西部地区、特に基坂から入舟・船見町方面の住民は、このようなスペースを自分専用の小さな庭に見立てて花を植えたり樹を植えたりしている。でも、それが結果的に変に統一感のない、雑多な趣向の集合体として坂道を形成している。
さて、姫リンゴの生育具合は、

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熟している実もあるよで、これからわずかな間、姿見坂のバス通り付近は実りの秋の表情を見せるだろう。ちなみに、熟した姫リンゴを試食してみたことがあるが、正直言って決して美味しいとは言えないものだった。どちらかというとカラスが好んで食べているようだ。
それでも、実がなる樹がそこにあり、四季を感じることができるのは素晴らしいことだと思う。それも行政主導で行うのではなく、地元民がこれを植えたら街がもう少しきれいになるのでは、という思いが詰まっているからなおさらだ。

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今では新築住宅も増え、昔の名残を残すものは数少なくなってしまったが、それでも坂が持っている背景の懐の深さがあるから、現在でもどことなく昔の生活感をかろうじて感じさせるる

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この姿見坂に面して私の実家がある。今年で築83年の建物だ。これを最低100年まで使いたいと願っている。
実家の竣工当時は芸者の置屋だった。そう、ただ古いだけではないのだ。そこにはきちんとそれぞれの建物の歴史と物語がある。ガイドブックには決して載らないだろう、戦前のこの街周辺を無言で語る場所だ。

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こんな広くもなく、元町のような大きな邸宅もないこの坂には、庶民のいろいろな物語が語られずに道端でちゃんと正座をして私たちを観ている。




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