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昨日、ソフトバンクの通信が約4時間半不通になったとニュースで知った。
即日はイレギュラーの休日であったため、電話もすることもなかったため、docomoユーザーの私にとっては、影響はなかったのですが(誰かソフトバンクユーザーが私に電話をかけようとして断念した人もいたかもしれませんが)、ともかく少なくとも個人的には困ることはなかったのですが、ソフトバンクユーザーはパニックになったり、計り知れない不便を経験したことでしょう。ニュースでもユーザーインタビューでもその混乱ぶりが報道されていました。

そのインタビューの中には、仕事でアポを取れなくてやっと公衆電話を見つけて電話したものの、開いてもソフトバンクユーザーだったため連絡が取れず、結局アポなしで直接相手企業に行くことにしたという切羽詰まったものもあれば、10代と思われる女性が写真を撮ったけれど、インスタにアップできなくて困っているという、・・・・まぁ・・・・・この歳の私からするとつながった後からでもいいのではというところで困っていましたが、彼女たちにとってはそれが大切なことなんだろうなと思われることや、いつもスマホの地図で道案内をしてもらっているので、仕方なく駅前の道案内図で確かめている方々も見受けられました。

普段当たり前のように使っているものが使えなくなると、そのありがたみがよくわかるという意見もありました。しかし、私に関して言えば、やっとスマホに替えて自分でももっと活用範囲が広がるのかなと思いきや、携帯を見る機会は極端に減りました。契約してい通信容量は5GBなのですが、1か月でわずか2GB台という程度で以前よりも使用頻度は減少したのです。その理由を深く考えたことがないため、原因はわかりませんが、ともかく日常的にスマホを携帯しても、電話通信以外はあまり使っていないのが如実に表れています。

さて、そんなそんなスマホですが、私は情報をスマホに集中しないようにしています。例えば、地図検索もできるだけアナログの紙地図を見るようにしています。古い自動車に乗っているためもあり、車にはカーナビもなくスマホの現在位置情報から目的地へのルート案内という便利な機能もあるにも拘らず、ほとんど利用していません。特に函館市内を走る時には、全く使っていないと言っていいでしょう。それは、もちろん函館の道に慣れているという理由もありますが、一度ナビを使うと道を覚えることができなくなるからです。ナビを確かに便利ですが、人間に「考えさせる」という作業をしなくても済むようにさせてしまったのです。函館全体の地形、幹線道路はどのように走っていて、ある地点から目的地までどの待ちや道路を使って辿り着けばいいのか、それは自分の頭の中にある地図が一番確かです。
実際、ある街に転勤にして、その街を確実に走って仕事をするためにナビを使ったら、市内の道がどのような組み合わせ・経路・前後関係になっているか全く覚えられずに、結局ナビを使用せずに「紙」の地図で路を覚えた方もいらっしゃいます。

また、買い物もスマホではなるべく支払わないようにしています。もしもスマホを紛失して、あたふたしているうちにペイシステムをスマホに集中させている、誰かに使われてしまうかもしれません。まぁ、その場合クレジット会社も対応策を考えてくれているでしょうが、プリペイドカードなどはまだカードにしています。
私はiphoneを使用していませんので、Apple Payは当然使用していませんが、それに似たようなPayシステムも導入していません。
なぜなら、便利なものにはそれと同様の失うものがあるからです。
例えば、先のカーナビ。人間が持っている脳の能力を確実に低下させます。地図という図形と実際に走って得る線との融合の繰り返しで、場所の位置関係をインプットするという脳の作業を必要とせず、点と点を結ぶだけでその途中からちょっと外れた道路や街並を経験することができなくなり、脳内で街全体を俯瞰することができなくなってしまうのではないかと思いまする
種類は違いますが、私も30代前半までは通常の計算は暗算で行ってお客様に説明していたのですが、ある先輩から「暗算が得意なのは充分わかるけれど、お客さんに金額の話をする時は電卓でちゃんと数字が出ている方が安心してもらえる」と教えられ、お客さんに信頼してもらうためにはその方がいいだろうなと計算は全て電卓でするようになってから、暗算の能力は着実に下降しました。今ではこんな暗算もできないのかと自分でも情けなくなるくらいの程度です。

テクノロジーのおかげで色々便利になっていますが、アナログなこともして行かないと最新なものを駆使しているようで、考える力はどんどん衰えてしまうのかもしれません。先日自動車のタイヤがパンクしてスペア用のタイヤにとりあえず交換するという作業ができない男性がいました。何かあったらガソリンスタンドでやってもらう、と話していましたが、以前オイル交換も自分でやっていた私にとっては信じられないことでした。
最後に再び述べます。便利さは人をどんどん無能にしていきます。たまには体や頭を使ってアナログなことをやることが必要ではないかと、還暦を迎えたおじさんは思うのであります。


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えー、長く生きていますと、ついこの前まで子供だと思っていた若者がいつしか大人っぽくなってびっくりしたりすることがありますが、企業も同じように北海道のローカル企業だと思っていたら、いつの間にか全国展開していたり、道外での認知度が高くなっていたりした企業があります。

そんな企業を思い出しながら、ちょっとした逸話を交えながら並べてみるのも面白いと思いまして・・・・、まぁ、あまり役に立たないかもしれませんが読んでみてください。

1.ホーマック  昔は札幌で石黒ホーマという名前で営業していましたが、ホーマックに名称変更をしてから急速に全道や本州にも店舗拡大されましたね。東北でホーマックを見つけてしまうのも不思議な光景ではなくなりました。

2.ツルハ   札幌が発祥かと思っていましたが旭川の薬局だったのですね。気が付いたらいたる所にツルハが(笑)ちなみにホーマック同様イオングループの提携店であることも注目。

3.アインファーマシーズ  アルバイトの女性の提案で札幌中心部に前例のないドラッグストアと化粧品・雑貨をお洒落に陳列したお店(アインズ&トルぺ)を作り、売り上げが急成長。その後アインズ薬局が全国売上No.1の調剤薬局店に躍進。

4.ニトリ   似鳥家具店が発祥。今はわかりませんが、北区のわかりやすい場所に社長宅があり、何となく親しみを持って見ていたが、バブル崩壊の倹約ブームの中、それまで嫁入家具の相場が50万円だったのに対して゜、ニトリであれば20万円でそろえることができると全国的に店舗を拡大。資材となる木材の海外直接購入などの独自の営業展開で全国規模に。

5.びっくりドンキー  札幌の一部で店舗数が少ない頃は、「ドナルドダック」という名のハンバーグレストランでしたが、店舗拡大していくうちに、たぶんこりゃまずいと思ったのでしをょうか、びっくりドンキーという名に変更になりました。会社名もカウベルカンパニーからアレフになっています。ちなみに、今はどうかは知りませんが、壁などに使用されているガラクタのような建材は社長自ら探して持ってきたものだそうです。

6.六花亭   函館市宝来町に総本家がある千秋庵の帯広店としてスタート。当時、まだ小さな会社だった頃、従業員が全員持家を建てたのを確認して、やっと社長が自宅を建築したという従業員を大切にしている会社。全員建てるまでは社長はアパート暮しだったそうです。

7.石屋製菓  40年近く北海道のお土産の定番として揺るぎない知名度を持つ「白い恋人」。創業者の二代目である石水勲氏はアポが取れないことで有名でした。コンサドーレ札幌は石屋製菓のバックアップがなければ今活躍できていなかったかもしれません。

8.LeTAO   驚くなかれ本社は千歳。千歳で作りながら小樽をイメージするRUTAOというブランドで営業展開したのは、企業の柔軟な発想が窺えます。今やお土産にしたいもの全国No.1になっていますね。

その他・・・・函館では元北日本信販が現在のジャックスであるとか・・・・・雪印・・・・・・サッポロビール・・・・・などもありますが、ここ何十年かで飛躍的に有名になった企業だけを列挙しました。
あっ、函館がない・・・・・・・。琴似発祥のつぼ八を忘れていた・・・・・。




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たまにはどうでもいい話を。

私が本当に小さな子供だった頃、他の子供たちと同じようにウルトラマンを夢中になって見ておりました。よく覚えているのは、万年筆かボールペンとか「ペーターカプセル」に形が似たものを右手高く掲げて「シュワッチ」と何度も変身しようとしていました。そうやると、実物は何も変身していないのに、何となく強くなってどんな怪獣にも立ち向かえそうな気持ちになっていました。

私にもそんな純情な時があったのですね。しかし、それも実は束の間で、毎週見ていると色々な疑問を持つ、私の素直ではない性格が殻を破ってむき出し始めました。その疑問を列挙したいと思います。

1.ウルトラマンは地球上で活動できる時間は3分間で、それを過ぎると黄色→赤と信号機の法則通りの変色することになっているのですが、3分を過ぎてもカラータイマーが黄色に変わらなかったり、逆に3分も経っていないのに色が変わったことがありました。そう言えるのは、私はちゃんと時計を見ていたからです。それは猜疑心からではなく、ウルトラマンがあと何分戦っていれるか気になっていたからです。

2.そしてカラータイマが点灯するとウルトラマンは必殺技「スペシウム光線むを放ち、一種にして怪獣を倒してしまうのですが、なぜ最初からそれを使わなかったのか。たった3分間ちょっとしか戦えないのだから、最初に使ってしまえば、自分が苦しむこともなかったのにと不思議に思えました。

3.また、3分以上戦いカラータイマーが限度に来ているのに、怪獣を倒すと「シュワ!」と宇宙に向かって飛び去って行く。この時間はカラータイマーの時間と関係ないのだろうか?途中で時間切れとなって飛べなくなり、地球に落下してしまうことがないのだろうか?

4.また、宇宙まで即座に飛んで行けるくらいの上昇推進力があるのなら、怪獣の攻撃も軽くジャンプしたらサッとかわせたのではないか。どうしてまともに攻撃を受けてしまうのか。理解できなかった。

5.水深が深そうな海中で怪獣と戦って、やっと海面に浮上したと思ったら、海面がウルトラマンのひざ下くらいまでしかなかった。それまでどういう戦いをしていたのか、さすがの子供でも不思議に思えて仕方なかった。

6.見事、怪獣を倒し、一度宇宙に飛び去るウルトラマンが、再びハヤタ隊員という人間に戻るのはどういうプロセスを経て可能になるのか?

7.ハヤタ隊員が「ベータカプセル」を右手に掲げて変身しようとしているところをフジコ隊員以外に見られたことはなかったのだろうか?現代であれば誰かがスマホで動画撮影して話題になっているはずですね。

8.そもそも怪獣はどうして日本にばかり登場するのか?

9.結局科学捜索隊だけで怪獣を退治したことはあったのでしょうか?ウルトラマンがいなければ科学捜索隊は全滅していたのかもしれませんね。

こうやってちょっと思い出しただけでも色々な疑問があるのですが、それでも毎週欠かさずテレビの真ん前で見ていたということは、やっぱり面白かったのでしょうね。微かにピアノ線が見えても子供にとってはファンタジー以外の何ものでもなかったのだと思います。





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私のネット上での発信は、函館開港150周年記念事業の一つである、「ハコダテ150」というサイトの中の写真投稿からでした。今から思うと、あんな稚拙な写真でよく臆面もなく公共の場に公開したなと、恥ずかしい思いでいっぱいでしたが、その投稿で世の中に対して初めて発信というものをし、少しだけ勇気をもらえたものでした。
そして、2010年1月、ある考えからこのブログを開始しました。
当初はこのブログで自分の考え述べ、自由にコメントをし、意見の交換の場にしようとしましたが、どうもブログの性質上、問題提起に対するそれぞれの意見の交流とはならず、私の考えに対する批判・賛同(批判の方が多かった、笑)が中心となってしまい、主宰者の思惑とはかなり方向が違ったものとなったため、また、批判するにせよ、それなりの建設的な意見が欲しかったのですが、それも意図とはかけ離れてきたため、コメントは承認制に変えざるをえなくなってしまいました。

そんなことをブログ上でやっているうちに、世の中ではtwitterが急激に広まり、私も私的業務上登録しました。現在も登録は継続しています。
ところがtwitterの匿名性ゆえの投稿の信ぴょう性や質が問題となり、その後中近東で民主化を大きく進めたfacebookが注目されると、周りの方々が徐々にfacebookへの登録を始めました。実名でのネット上での交流の方が、言葉を発信するにしても節度を持って行われ、より紳士的な場になる、という見方が大勢を占めていました。これも私的業務上の関係で登録をしましたが(これも続けています)中にはfacebookでの投稿が多くなるとブログの更新を行わず、「もうfacebookだけでいい」という方も出始めました。そしてtwitterのアカウントも削除してfacebook一本になった方もいらっしゃいました。<br>

そんな中、私はtwitterもFacebookも退会せずに同時進行でブログも継続しています。なぜなら、それぞれにはそれぞれの特性があり、その特性に応じた使い方をすればいいと考えているからです。
実際に特に若い方には、facebookに登録はしたけれどほとんどページは開いていないという方もいたり、また、色々な人間関係が浮き彫りになる、あるいは個人が特定されているので、決して歓迎できないコメントやメールなどを受けなければならないことに疲れてアカウントを削除したり、メッセンジャーだけを利用しているという方も現れました。これはある程度自分が登録した段階で予想できたことでした。SNSと言っても、一部の人を除くと、「友達」になっている数はせいぜい「村」程度の人数だからです。その狭い村社会では面倒なことが起きるのは容易に想像できます。ですから、これは日本人の特質なのだと思うのですが、あまり余計な投稿はしないようにしよう、なにもせずに黙りこくってしまおうという方々が多くなるのは日本社会では自然の流れになるだろうなと思っていました。ちなみに私もfacebookへの投稿数は減っています(笑)

さて、SNSの魅力(?)のひとつに「いいね」があります。これをたくさんもらえるのが嬉しくなって頻繁に投稿したりしているだろうと思われたり、あるいは投稿した自らが自分の投稿に「いいね」したりする人がおりますが、私はこれを「いいね依存症」だと思っています。たとえば、自分の職業上での告知や活動上の告知のために広く知られる必要があり、その告知効果の反響のひとつとして「いいね」を目安にしている方もいらっしゃるかもしれませんが、問題はそうではない方がこれを望んでいたりするとこれはちょっとある種病的な領域に入ると思うのです。

それは、たぶん今一番アクセスがあるだろうと思われるinstagramでも同じだと思います。いわゆるインスタ映えする画像を投稿するのに一生懸命工夫を凝らすのも「いいね」が欲しいというのがどこにあるからなのでしょうね。でも個人的には、instgramは写真作品の発表の場だと思っていますので(そもそもinstagramはiphoneの撮影能力や編集能力を世界に宣伝するために作られたと思っていましたので)、どうも日本人の投稿と世界での投稿の写真を見比べてみますと、日本人の写真はどうも「作品」にはなっていないものが多いようです。私もとりあえず登録はしていますが、まだ投稿は全くしていません。理由は、自分が思っているinstagramの投稿すべき作品がないからです。そして、もし投稿するなら世界の方から見てもらえるものにしたいと考えているからです。

さて、色々なSNSを否定的に捉えて発言しましたが、もちろんいい機能・効果もあるわけですし、使い方はそれぞれの意図があるだろうから上手く使えばいいと思います(例えばfacebookは友人への「今自分はこんなことをやっていきているよ」という手紙の代わりのようなものに使うだとか)ただ、いずれにしてもSNS依存症にならないように適切な距離を置いて使えばいいのではと考えております。

そして、最後にブログについてですが、これはSNSでのタイムライン上に自動的に記事の全文が乗る物でも何でもなく、読みたいと思った方やちょっと関心を持った方が自らの意思で、それも別に私と「友達」ではなくても誰でも見てもらえるツールです。特別な人間関係がなくても、何かに登録しアカウントを作成しなくても、世界中誰でも見ることが可能なものであります。
色々なものに登録しアカウントを作りましたが、いつまでも継続したいと考えているのは、やはりブログです。



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来年の消費税増税での減税(現状維持)案の中でキャッシュレスでの支払いは2%減税というものがあるのは皆様ご存知だと思います。
それが本当にいいのかどうか(クレジット支払いによる販売側の手数料負担等を含めて)、そのことについては何とも今の段階では言えませんが、新消費税制でキャッシュレス支払での優遇があるかどうかに拘らず、時代の流れとしてはキャッシュレスの方向に流れて行くのは間違いないと思います。

そこで、このブログでは極めて珍しいのですが、私が日常的に利用しているキャッシュレス決済とそれを利用することによって生じるポイントの相乗効果についてお話ししてみたいと思います。

なお、私の話はそれほど所得の多くない一般庶民の策であり、そんなのいちいちやるのは面倒くさいというお金持ちの方々には参考にならないと思いますので、その点をご了承くださいますようお願いします。また、これはあくまで私の生活指向上での使い方ですので、全く参考にならない方もいらっしゃる方もいることをお断りしておきます。

前置きが長くなりましたが、私がキャッシュレスとポイントについて関心を持ったのは、最初はカメラをネットショップで購入するために色々調べ始めたことから始まりました。どうしても店舗で価格調査をしますと、ネットで販売されている物が安く、しかも送料無料ということであればそちらに関心が移ってしまいます。そんな価格比較ををして、いざ購入しようとすると代金決済をどうしたらいいのかという問題に直面します。そこで私はクレジットカードを作り決済することにしました。すると、そのサイトで購入すると付帯してくるポイントもつき、また、クレジットカードを使ったことによって、その金額分のポイントもついてまいります。
例えば、実店舗で35万円で販売しているカメラが、ネットで30万円でなおかつポイントがそれなりに着いてくるとなると、そちらで購入する方がいいに決まっています。もちろん家電量販店でも独自のポイントが付加されて貯めることができますが、楽天などの大手ポートサイトであれば、付与されたポイントで違うものをポイントを使って購入することができます。しかし、これもまた、主に楽天市場等の楽天グループでしか使えない場合があるため、特に買いたいものが無い時、ポイントが執行してしまう場合があるのが欠点でもあります。

それはチャージ式のカードにも言える部分があります。セブンイレブンのnanakoカードは、セブンイレブンやイトーヨーカドー以外は使えるものは限られています。また、nanakoでポイントが付くのはカードにチャージして使用して初めてポイントが付くわけで、現金支払いをしてnanakoカードを提示してもポイントになりません。商品の価格にはセブンイレブンだけではなく、どこでも付与されたポイントが消費されたとしても利潤が発生するようにしているはずですので、現金で払ってポイントが付けないというのは、セブンイレブンの利益に貢献しているだけで、現金で払うと、逆に払わなくてもいいお金を実は払っているということになります。そして、これもまたポイントを使用できるのはセブンイレブン系列の店舗に限られるシーンが多いのが欠点です。つまり、ずっとセブンイレブンを利用しないといけないという不自由さがあります。

そこで私が最近特に利用しているのが、Pontaカードです。そう、ローソンのポイントカードですが、最近、スマホのおさいふ携帯昨日の中に、Pontaポイント機能ができましたので、スマホを読み取り器にかざすとカードをスキャンしたのと同じことになり、ことつ財布からカードを減らすことができました。このPontaポイントは現金で払っても何で払っても必ず付与されるものですので、ローソンしか使えないカードを持つ必要がありません。私が今使っているのは、docomoのD CARD PREPAIDというものです。スマホのキャリアがdocomoであるため、当然毎月のモバイル料金支払いの際にdポイントが付与されるのですが、このカードを利用するとそのdポイントに地道にですが、加算されて行って今では2万円以上のポイントが貯まっています。それを、d CARD Goldの年会費の支払時期に、docomoからの請求額から相殺すると、年会費を払ってもかつ通常の通信料金もかなり安くなるという利点があります。
しかも、このd CARD PREPAIDは楽天のedyやnanakoのような、あるいはWAONカードのような単なるチャージして決済しポイントを得るというものだけではないのです。d CARD OREPAIDはMasterカードと提携しているクレジットカードであるということです。例えばedyでデパートで買い物はできませんが、Masterカードが利用可能なお店であればd CARDが使えないところでも利用できるのです。もちろん購入する分だけの金額がチャージされているというのが前提ですが。
ちなみにこのプリペイドカードの1日のチャージ限度額は30万円となっていることから、クレジットカードの前払いという機能が高いことが理解できます。実際にd CARD PREPAIDで代金決済をしますと、領収書にクレジット決済という言葉がプリントされてきます。edyやnanakoではこのような文字は出て来ません。つまりクレジットカードの後払いか先払いかの違いだけということになります。これはDebitカードも同等の性質を持っていると言えるでしょう。参考までに、D CARD PREOAIDのカード発行元はNTTファイナンスではなく、三井住友カードとなっております。

さて、話をPontaカードに戻しましょう。Pontaポイントの最大利用上のメリットは、提携先が多いということでする私は年に何回か旅行に出かけますが、基本的にはじゃらんで宿を予約しています。そしてじゃらんで予約して泊まったら、ポイントが付きます。その時JALを利用すると、マイルをPontaポイントに移行することができます。それと日常ローソンで購入して得るポイントを合わせて行くと、何か月するとけっこうなポイント数になっています。そしてそれを使って気が向いたら次の旅行に少しでも安く行けるように利用します。この繰り返しをここ何年か行っております。参考までに、昨年東京に行った際は航空機と宿のパックで約10万円の所を貯めたポイントで7万円台で行くことができました。

最初にお話ししたように、人によって生活の指向が違いますので参考になるかどうかわかりませんが、このようにして、もともとどんな支払い方をしても、その料金に既にポイント分として計算されて要る部分がある以上、それを利用しないということはもったいないことだと思います。それであればポイントを貯めて何か自分の好きなことをするために、あるいは買うために、あるいは給料日前でふところが寂しい時に、そのポイントを使うということは、一般庶民にとっては大変助かるものだと思います。

ちなみに私は、個別のお店で発行しているポイント券(食事する度に判を押すという、あれは一切財布に入れていません。なぜならどこのお店で食事をするかはその時の気分で決めたいからです。そのに行かなければ付与されず、そこでしか使えないものに束縛されたくないとうのが正直な考えであります。
たぶんこれからは一つのポイントで他のポイントとも互換性を多く持ち、スマホにまとめることができて、カードもプリペイドカードやデビッドカードのようなものが台頭してくると思います。それらを上手く使いこなすと、増税後の実生活へのささやかな知恵として活用できるかもしれません。



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今、テレビの報道番組で必ずと言ってもいいほど特集を組まれている、積水ハウスの五反田の物件が舞台となった詐欺事件について、たまには本職の立場から話してみようと思います。

まず、皆さんは天下の積水があんなインチキな集団にいとも簡単に騙されるものなのかという疑問を持つと思いますが、それが可能性としてあるのが不動産の流通市場なのです。その理由が今回のタイトルである「怪しい不動産こそ魅力がある」故にあるからなのです。
可能性と申し上げたのは、私が実際に行ったことがないからで、もちろん実際にやったことがあったのなら、ここでこんなことを話し始めることはできるはずがないわけですが、ともかく経験上その「可能性」があるのは理解できます。だが、今回のように事件として取り上げられ、本格的な捜査が入らないという運があったらという前提での話ですが・・・・・。

その「可能性」の手段・方法は、ここでは話しませんが、ひとつだけその可能性を高くできるものをお話ししますと、公的証明書を精緻に偽造できる技術です。これがあれば、(運が良ければ、あるいはその物件を取り巻く状況に隙が生じていたなら)詐欺は事件とならない可能性があります。
それをお話しするのが今回の記事の目的ではありませんので、これ以上はお話ししませんが、そもそも何となく怪しそうな人物たちにどうして騙されたのかにはある理由があります。それは、希少価値の高い物件ほど表に出回らないからです。例えば、皆さが普段通りにいつもの道を通っていたある日、今まであった建物の解体が始まり、「売物件」という看板も何も立たずに、そのうち新しい建物の建築がはじまっていた。こんな経験は誰にでもあるでしょう。このような物件は不動産業の世界に身を置いていても気が付かないことが多いのです。いわゆる「水面下で動いていた物件」だからなのです。

このような物件は意外と多いものです。たまに、この不動産会社、お客さんが全然来ていないのに商売やっていけてるの?と、疑問を持ってしまう会社を見たことがありませんでしょうか?そのような中で水面下で動くことを専門に行っている会社があるのです。
さて、どうして水面下で動く物件というものができるのかと申しますと、よくあるパターンが、企業所有である物件です。不動産業でも何でもない企業が、自ら所有する不動産を売却したいと思っていたとします。その理由は色々あるでしょうが、それはそれとして企業が最も怖れるのが、売りに出ているのが表面化して、「不動産を売却しなければならないほどあの会社経営状態が芳しくないのか?」という風評被害であります。本当に経営改善のためだとしても、不必要な疑念を第三者に与えるのはどの企業も好ましいものではありません。ですから、水面下で売買を成立させることができるような不動産会社に依頼をするわけであります。
こんな経緯で売りに出された物件ですから、当然その情報自体希少価値があります。この情報はとても大切に扱われます。こういう物件を購入する可能性のない所には、任された不動産会社は決してその情報を流したりいたしません。私も同様のことをしておりました。まず検討の開始もしない企業等には持って行きません。その鼻をきかせるのが担当者の役目なのですが、そういう情報がたまには今でも私の所に流れてきたりします。函館の物件が東京の某大手不動産会社から。

そのような情報活動の中から上手くマッチングできたら、私たちの知らないうちに売買契約が成立されていることになります。
もちろん私もそのような販売方法で契約を成立させたことがいくつもあります。例えば、とても気になる空地があったとします。そこで登記所でその土地の所有者を調べて、時には直接訪問して、時には電話して、どちらもできなければ手紙を送付したりして売却の意思があるかどうかの確認(あるいは交渉)をします。その中で明確にいくらで売るという金額を提示されたわけではないが、「欲しい人がいたら売ってもいいですよ」という返答があったらそれは「水面下での売物件」になるのです。ただしこういう場合は、明確な販売金額は所有者のとの間では確認できない場合があります。所有者としてはできるだけ高く買ってもらった方がいいに決まっていますので、あえて価格を具体的に話すことはありません。
ではどのように販売したらいいのか?よく私たちは住宅地図の該当物件の箇所にサインペンでしるしをつけて、○○○㎡(○○坪)という数字を手書きして、せいぜい測量図程度のものを添付して検討してもらえるだろうと思われる所にその情報を持って行きます。

これは、ネットで簡単に売物件を調べることのできる現代の流れとは正反対のことです。しかし、情報に埋もれている時代だからこそ、このような物件の情報を提供すると相手側は強い関心を示すわけです。その相手側は、個人の場合であると、医者や会社経営者などのいわゆる高額所得者であります。そのような方々は一般的に流通されている物件にはあまり関心をもつことがありません。「ああ、あの物件、知ってるけどね、もっといい物件ないの?」という話になってしまうわけです。そのような方々に先ほどの地図に記しをつけただけの物件情報を持っていくと、「ここが売られることになるなんて知らなかった」という驚きと、市場に出回っていないという希少性から、もっと詳しい情報が欲しいという話になって行きます。
そこで、いくらだったら買いますか?という打ち合わせをして、売主の所に話しを持って行きます。ここで初めて売主が売りたいと思っていた金額がわかることが多いのですが、その金額と契約条件等を話します。これで多少の価格の際があったとしても双方が妥協できたら、どちらかが折れたら売買成立となります。その時、(木々和洋が売主の場合もそうですが)別に売るつもりはなかったのだけれど、どうしても欲しいという人がいたから売ってやったんだ、という言い訳を売主はできるのです。
買う側としては、立て看板があり、ネットにも情報が流れている「さらしもの」になっている物件ではなく、まるであなたのために用意された物件という魅力を感じてしまうわけです。

何度も申し上げますが、このような「水面下」物件は特に大都市部の一等地には多くあります。あるいは希少で価値の高い物件は、このようなものに多く存在します。それはどこの不動会社も知っています。だから、積水は策略にはまってしまったのでしょう。

表面に出ない怪しい物件ほど魅力があるというのは、こういう現在の不動産流通システムがまだ残っているからだしょう。でも、需要と供給のバランスが保たれている以上、「表に出ない物件」は今後も減ることなく「話」がその業界の中で飛び交うことになると思いまする
なお、最初の偽造等のはなし以外は違法でも何でもない取引のやり方であります。ですから、それを利用して「詐欺」の話にしていくことができるのでしょうが・・・・。



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昨日の報道で、今年のノーベル平和賞にコンゴ民主共和国のデニ・ムクウェゲ氏とイラクの少数派ヤジディ教徒ナディア・ムラド・バセ・タハさんに授与されることが決定されたことを知った。最初の感想は、少なくとも一部に候補として挙がっていた中国の習近平国家主席と北朝鮮の金正恩委員長のダブル受賞やトランプ大統領でなくてよかったというのが正直な気持ちだった。
これらの者たちに賞を与えるのはあまりにも軽率であり、ノーベル賞の品格が下がると思ったからだ。(ノーベル賞の品格がどれほどのものなのか、ちゃんとしたことはわかっていませんが)

さて、今回の受賞予定(本人にも拒否をする権利があるため)の両者に共通しているのは紛争地において起きている女性への性暴力に対して行動をとった方々だが、この方々に対してではなく、受賞の理由などに少し疑問を持った。それは報道の表現の仕方なのか、本当にノーベル賞委員会がそう言ったのかはわからないが、「紛争地で兵士が行った性暴力という残虐な行為に対して・・・・・」という表現があった。
私はこういう言葉を聞くたびに疑問を持ってしまう。

人間にとって最も残虐な行為とは、どんな理由があろうとも、それは殺しである。戦争はそれを互いにやる最も残虐で非理性的な行為だ。人間が行う行為として最も愚かで絶対に許されないものである。しかし、国際法で戦争時における性暴力は戦争犯罪であるという内容の定義づけをしているようだが、これ自体が私にはよく理解できない。性暴力は戦争時であろうが平和時であろうが、犯罪であるという本質性には差がない。それを戦争時においてという状況設定することによって行為の種類が変わるとはとうてい思えない。

国際法には同じように「非人道的兵器」と定義しているものがある。私から言わせていただくと、人を殺すのに人道的・非人道的の差があるのか?ということだ。人を殺す時点でそれはもう「非人道的」行為なのだ。その殺し方を区別するのはおかしい。例えば機関銃の銃弾をかいくぐって最後は敵をナイフで刺して殺すとしたら「正しく正統的で人道的な殺人」になるのだろうか?

今回受賞した両者に対して異議を唱える気は全くない。私がいつもおかしいと思うのは、戦争はあって当たり前という前提で、そこで行われている行為の比較をしている「グローバルスタンダード」というものに対してだ。たぶん私はそういう意味での「グローバルスタンダード」を永遠に理解できないであろう





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ご周知の通り、9月6日午前3時8分けたたましいスマホの音で目覚めた。地震発生を知らせるアラートだった。しかし、それと同時に地震は起きた。久し振りに体験する大きな揺れだったが、揺れている時間が短かったために強い恐怖心は持たなかった。その後の情報収集で函館は震度5弱であったことがわかり、自分が体感した感じとだいたい一致していた。1968年の十勝沖地震で当時の震度で5、1993年の北海道南西沖地震での震度4の方が強い恐怖心を持った。いや、その経験があるからそれほど大きな被害にはならないだろうという確信を持てたのだった。

しかし、被害は思いがけなくすぐやって来た。停電だ。

最初は、地震の一昨日に巻き込まれて台風21号によって弱っていた電柱などが倒れてどこかの電気架線が切れたのかと思った。やれやれ、まぁ仕方ないか。とりあえずキャンドルに火を点け落ち着くことにした。そして、タブレットのテレビ受信機能を使って緊急報道番組を見ると、北海道全てが停電になっているとのことで驚いた。震源地が胆振地方の厚真なのになぜ?まったく理解できなかった。

夜が明けてタブレットでテレビ番組を見ると、いわゆる「ブラックアウト」によるものだと分かった。ブラックアウト?始めて聞く言葉だった。
先程も記したが、北海道は広く、今回の厚真発電所(震源地に近い)1か所の停止で全道の電気が消えるということは、例えば愛知県の発電所が停止して、首都圏から近畿まで全て停電になるということと同じようなものだ。皆さんは信じられるだろうか?
そして、テレビのニュース番組で何度も示された道内の火力発電所の分布があまりにも西側に偏っていることがわかった。(正直に言ってそれまでは気にも留めていなかった)どうして北海道の西と東、北と南でバランス良く配置してこなかったのだろうか?厚真火力発電所と泊原発があれば充分とたかをくくっていたのではないだろうか?
そして忘れ去られそうになっていた水力発電も、この非常事態に稼働を始めたところもある。やればできるのではないか?それらを日常から上手く組み合わせて稼働させていたらこんな事態を防ぐことができたかもしれなかったかもと疑念を抱いてしまった。

原発の是非について書こうと思うとかなり長くなってしまうので、ここでは一言だけにとどめておくが、原発は稼働停止時に自力では冷却できないだけではなく、そのまま放っておくとメルトダウンを起こす。これは誰もが福島原発で身の髄まで思い知らされたことだろう。今回そのような危機が迫らなかったのは、泊原発が停止してかなり冷却されていたからだった。もし稼働していたら外部電力が作動するまでは、私たちは停電の不便さよりも福島の再現を危惧しなければならなかった。その心配をすることが不必要だったとわかったのは停止してしばらく経っていたからだった。

さて、自分が住んでいる函館に話を戻そう。地震と停電から1時間以上してから、ともかく今は寝ようと布団に入り、何とか寝不足の中いつもの出勤日の起床時間に起きた。そして、いつものように出勤のための仕度をしていると、(といっても停電のためシャワーは使えず、昔懐かしいお湯を沸かして髪と顔を洗うという最低限のことしかできなかったが)役員より携帯に電話があり出勤はせずに自宅待機となった。

仕事に行くことがなくなったことで、結果的にとてつもなく長く感じた1日が始まった。

これは私の災害に対する備えが悪かったせいでもあるが、情報源がほとんど無くなったことで、これからどうしたらいいのかネットだけを頼りに自分で考え始めた始めた。主にSNSとネット上でのニュース等々。一時期は電気の復旧まで1週間以上かかるのではという投稿をたくさん見た。それは、後に復旧後テレビでのニュースで分かったことだが、厚真発電所の損傷の回復が最低でも1週間以上かかるという意味だったのだが、情報が流れた時点で、厚真発電所のことなのか全道の停電のことなのかをわかっていたのかどうかも確かではない。ともかく必死に情報を入手しようとしていた。
人々の不安からなのか、それとも面白半分からなのかわからないが、誤情報が入り交じっていた。いや、正確に言うと、どれが正しいものなのか誤ったものなのか、ふざけて流したものなのか、その時点では明確に判断できなかった。日中スマホの充電を自動車のシガレットライターを通じてしながら情報収集をするためにずっと車内に閉じ籠っていた私はとてもとても小さな世界から何かを判断しなければならなかったのだった。

その中で、後からテレビなどで「デマだ」と報道された、NTT docomoの通信が基地局のバッテリーの備蓄の関係で、あと4時間ほどで通信不能になるという「噂」だが、私が住んでいる地区では4時間後ではなかったが、確かに通信ができなくなってしまった。スマホから電話してもメールしても無反応だった。時間は別にして、それは「デマ」ではなかった。そのため、私は市内を走り、通信可能な谷地頭方面で情報収集することしたくらいだ。
事実がデマとして扱われ、デマが事実として扱われる。そんな可能性があることも後にわかった。

ともかく、私には限りある中で情報収集するしかなかった。ひとつのツールとしてfacebookがあった。何度も何度も開いては閉じを繰り返しているうちに、市内の「友達」が電気がついた!という喜びの声が上がった。それは希望の情報になった。1週間以上という想像もできない停電生活を強いられなくてもよさそうだ、という希望だった。twitterでも○○地区電気が復旧というツイートが見られた。きっと一気に通電はできないから、徐々に通電地区が広がって行くのだろうと思った。私が住んでいる地区は確かに函館の端のほうにあるから後になるのは仕方がない。そのうちわが家も通電するだろう。
水とガスは利用可能になっていたから、日常に近い(食料はすぐ復旧できないことは織り込み済みとして)生活がもうすぐできるだろうと比較的楽観視するようになった。しかし、日が暮れ周囲が暗闇になり、時間が刻々と過ぎて行くと、希望がストレスに代わってきた。どうして1Km近くまで復旧しているのに自分の所ではまだ通電しないのか。苛立ってきた。函館の中で私が住む地区は遅くても支障がないだろうと判断された「後回しの地区」と取り扱われていたのだろうか。
ある人が、「大きな病院がある地域から復旧している」というツイートをしていた。なるほど、と思った。それは当然のことだろう。患者によっては生死にかかわることだからそれを最優先するのは充分理解できる。老人施設がある場所から通電していくのも理解できた。

しかし、電気を待っている身としては、自宅から1kmの所まで通電しているのに、一向にこちらに来ないことにはストレスを感じた。ひょっとして私の地区は「遅れても構わない地区」として分類されているのか。もしそうだとしたらとても切ないものだ。まるで被災地で、隣の町まで救援物資が到着しているのに自分の町には一向に来ない。そんな孤立感とストレスを感じた。ひょっとしたら差別されている。そんなことまで頭を一瞬よぎった。
それで、それまで情報収集源としていたSNSをあまり見ないようにした。あぁ、これがSNSストレスというものか。あるいは被災者の心理というものはこういうものがより増幅したものなのだろうか。もし復旧しないのならそう言ってくれ、諦めて眠るから。復旧するならもっと早く来てくれ、安心して眠るから。しかし、何の情報もなかった。そして、疲弊がピークに近くなりつつあった23時25分頃、やっと通電した。

普段なら何のことなしに過ごしているうちに訪れる23時25分。この時刻がまるで深夜の3時くらいまで起きていたような感じに覚えた。ともかく、通電し、家電が問題なく稼働しているのを確認して、すぐに寝た。SNSに復旧したよ、とは発信しないで。まだ復旧していない地域があって、さっきまでの私と同じ思いの人もきっといるだろうから。

そして翌日、疲弊はしているが通常通りの仕事などを再開した私がひどくショックを受けたことがあった。それは、電気が復旧した最後(時系列的に市内ではそう思われる)の地域が観光のメインスポットであったことだ。町名をあげると豊川町と末広町。いわゆるベイエリアだ。
なぜ北電はそうしたのだろうか?まさかとは思うが、その周辺に宿泊している人たちは地元民ではないので、一番最後でいい。どうせ函館を離れる人たちだから。まさかそう判断したのだろうか。そんなことはないと信じたいが、結果的に翌日滞在した(あるいは交通機関が全面ストップしたから滞在せざるを得なかった)観光客たちは、日中物資も無くなり、店舗も開いていない中、時間つぶしをし、夜には暗闇に閉ざされた街を通ってホテルに帰る。もちろん周囲は真っ暗闇で出かける気分にすらなれない。

私も旅をしたり、出張などで見知らぬ街に宿泊したことがかなりあるが、知らない街でのアクシデントは普通以上に心細くなる。そしてその印象は強く心に残る。「自分たちが泊まったホテルの地域だけ最後まで電気がつかなかった」という残念な思い出だけを心に残し、自分たちの住む街に戻ったら、きっと知人や誰かに話すだろう。「すごく怖かった」と。
どうして北電はそのような方々のホテルの周辺に灯りをともし、「安心してくださいね」と無言の実行をすることができなかったのだろうか。函館が秘境のような宿泊客も少なく、電気などもちょっと怪しい地域であったら話はちょっと違ったかもしれないが、観光スポットは当たり前の市街地の中の一角だ。どうしてそこが最後になってしまったのか?私には到底理解ができない。観光函館に撮って非常に大きなウエイトを占めている産業なのだぞ。函館の経済を潰す気か、北電は。まして豊川町には魚市場がある。停電では市場を開けることもできないだろう。実際、魚市場が稼働できたとしても卸売もできなかったかもしれない。しかし、稼働できていたら、市民への供給ができなくても、観光客への供給できたかもしれない。もしできたのなら、観光客はこの大変な時に美味しいものを食べることができて、ずつと不安だった心が和らいで帰途に着けたかもしれない。実際にそうなるかどうかはわからない。だができたかどうかは、いつ通電したかによっても違うだろう。

もちろん観光地の被害は函館だけではない。北海道全域に達する。それは、最初の方で述べた、広大な面積があるにも拘らず、北海道という一言でくくられているからだ。もう一度言う。北海道の面積は関東から関西まで至る広大なものだ。今回の甚大な被害が起きた厚真から函館までは陸地で250km以上離れている。東京から浜松までまでの距離だ。もし東京在住の方が、浜松で発電所が停電したから電気は全て使えません、ということになったら納得できるだろうか?また、その浜松で被害が甚大だったからといって、東京に行くのをやめようと思うだろうか?京都に行くのを止めようと思うだろうか?

残念なことに、北海道はどんなに影響がない場所でもひとくくりに北海道とされており、今、北海道に危なくて行けないなということになるだろう。これは北海道の他都府県へのアプローチの問題もあるだろうが、ともかく、北海道の観光は今どん底であるのには違いない。早く北海道に観光客が戻ってくれるのを祈ってやまない。しかし、もし、地震前の観光客が戻って来たとしても、現在の綱渡りの電力供給が改善されないと、増加した観光客が使用する電力が増大し、再び電力危機を迎えなければならなくなるかもしれない。現在の需給バランスは、企業が節電をし、観光客がホテル利用しないことによってかろうじて成り立っているバランスなのだから。

だから、結局最初の発言に戻る。小規模でも使えるのなら水力発電もどんどん日常的稼働させるべきであるし、近場で言うと、森町の地熱発電も最大限に利用すべきである。そして、北電は「原発稼働」を前提としない電気供給の、ブラックアウトしないシステムを再構築すべてきである。それができなければ、結果的に「民が民を滅ぼす」ことになってしまうのだから。そうなった時、北海道電力の経営もおぼつかなくなるだろう。
そう、心中するかどうかは北電と行政にかかっているのだから。



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今回の青森の旅でどうしても行ってみたかった場所にやっと行った。それはちょっとだけ思い切りが必要だった。新青森駅でレンタカーを借りて目的地まで何時間かかるのだろうか?そのために宿泊地に到着するのがかなり遅くなるのも嫌だった。私の旅の流儀として、夕方までにはホテルに着くというものがある。つまらない流儀かもしれないが、ホテルでの滞在も楽しみたいという私の旅のスタイルを変えたくないからだ。

それはそれとして、今回その迷いを断ち切ってその場所に行ってみた。青森県の地図を思い浮かべることができる方は頭の中で想像していただきたい。青森駅の西側にある新青森駅から陸奥湾を北東に進み、有名な浅虫温泉を過ぎ、野辺地を通り越すと、陸奥湾を西側に見ながら北上を続ける。
しばらくの間ただひたすら陸奥湾を北上する。出発して2時間以上走るとやっとむつ市内に入る。すると、国道はその地形に合わせて、今度は西に向かう。その一番最初に目にすることができるのが大湊に停泊している「軍艦」だ。函館ではあまりお目にかかることができない、本格的な戦闘用の軍艦が静かに停泊している。

本当はそれもじっくり見てみたかったのだが、距離感覚がわからない私にはとりあえず目的地に向かうことを優先した。大湊を過ぎてなお西に向かう、そう、それは函館方面から見ると、視認できる下北半島の裏側、陸奥湾に面した道路である。40分程度で行きたかった「青森県むつ市川内町蛎崎」にようやく到着した。午前中に出発したが、昼食はタイムロスを考慮してコンビニでサンドイッチを買い、それを食べながら運転を続けて要した走行時間だった。

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蛎崎の海。これを見るために私はやって来た。ここから北海道は見えない。たぶん青森すら見えていないだろう。津軽半島と下北半島に囲まれた陸奥湾しか見ることのできない、この場所、私の母方の祖先は住んでいた。

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いちおう蛎崎城に住居を構えていたようだが、今から約560年前、蠣崎氏の謀反により討伐され、この地を去って北海道に渡り、上ノ国町に花沢館を作り次の棲家とした。この館は道南12舘のひとつとして数えられ、そのうちのひとつが箱館であった。北海道に移り住んでから間もなくコシャマインの乱が勃発し、それを客奨である武田信弘が平定させ、蛎崎家はやがて道南一の館となり拠点を現在跡地が公開されている勝山館に移した。1514年本拠を松前に移し、やがて蠣崎から松前と名を変えた後、豊臣秀吉に取り入れられてもらい、それまでの安東氏の支配下から独立。その後徳川家康の時代に蝦夷地の支配権を認められ、それから約100年もの後に正式に松前藩として認められた。この時、松前家の中から家老職を担う一族は再び蠣崎を名乗り藩の終焉まで代々松前藩の政に関わることになった。

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簡単に書くと、従来の機銃地を追われ、新天地で成功を収めた話に聞こえるかもしれないが、決して盤石な基盤に立った藩ではなかった。全国の中でも年貢を米で納めなくてもいい特別な藩として扱われたのはいいが、経済基盤は海産物などの漁によって左右され、決して安定的とは言えないものだった。また、兵隊組織も盤石ではなく、旧幕府軍の北海道上陸の際にはあっさりと敗北している。その前にも2度ほど幕府直轄の支配地となってしまっている経緯がある。

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その蠣崎家が記録として登場する最初の地が、下北半島の蛎崎という小さな集落だ。何も知らずに車で走ると、あっという間に過ぎてしまうほど小さな街だ。近くの川内の街の方が昔栄えた面影が残っている。広大な屋敷らしきものも見られた。
本当に蠣崎家はこの場所で川内方面に勢力を及ぼしていたのだろうか?そんな疑問をどうしても持ってしまう。今回はただこの街を少し歩いただけだったが、今度来る時は時間を充分取り、簡易郵便局の方などに尋ねて少しずつ紐解きをしてみようと思った。

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今回時間をとれない強行軍で訪れたのは、蛎崎の海を見てみたかったからだ。蠣崎家はこの浜から北海道を目指したのだろうか?実際に現地に立って考えてみると、どうもそうは思えなかった。色々なパターンを考えてみた。蛎崎を追われた蠣崎家は下北半島の北側、つまり津軽海峡に面したどこかから蝦夷に向かった。だが、このルートであると蠣崎家が現在の戸井・恵山などの箱館より東側方面(太平洋側)に漂着し、そこに居を構えた方が自然に思えるが、実際は正反対の西側(日本海側)である上ノ国に移住している。そこから推測されるのは、一度下北半島から八戸南部の目が届かない津軽半島に向かい、それから日本海ルートで上ノ国に上陸したのではないかということだ。

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いずれにしても、約560年前、蛎崎家がこの地から蝦夷を目指したことによって現在の私がここにいる。
蛎崎家は松前藩解体後、藩の家老の中でも最も貧乏になった一族と言われているが、何となく今の自分を見ると納得してしまう(笑)
それでも、自分の中にどこか武家の心が残っているような気がする時がある。それはきちんとした理念などの言葉で表せるものではない。でも、仙台や弘前などの城下町を訪れた時に、「ここは訪れるべき場所だったのだ」と頭のどこかで感じてしまう曖昧な感覚はいつも感じる。そして、たまたま私はそのような場所に旅することが多い。蛎崎を離れてから向かった先は八戸南部藩があった八戸だった。




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今日、仕事から帰宅して、いつものようにPCを起ち上げメールチェックをした。朝に一度チェックしてから帰宅するまでの間、何十件ものメールが送られてきている。それらの大部分は登録してあるネット通販サイトからのもので、いちいち配信停止にするのも面倒なので「送られるがまま」にしていた。その気になればいつでも配信停止にできるからと。しかし、受信するメールの中には、明らかな詐欺メールが混じっている。だか、それらはほとんどパターン化されているためだいたい分かるし、そもそも怪しいメールはすぐ迷惑メールフォルダに登録してポイしてしまう。その中でも特にわかりやすいのは英語でのメールだ。私はインターナショナルな人間ではないので、英語で誰かからメールをいただくことはない。だから、即断で迷惑メールに振り分けることにしている。それは慣れたことだった。

しかし、今日多くの受信メールの中で思わずしっかり読んでしまった英文のメールがあった。どうしてそれを読んだのかというと、最初に私のパスワードが書かれていたからだ。それも今ではわずかのサイトでしか使っていない古いパスワードであった。それでも自分のパスワードを知っているとなると気になる。必死にその英文を読もうとしたが、わからない単語なども多く、自動翻訳システムを使って日本語で読んでら何となくわかったのだが、確証を得るため同じようなメールを受け取った人がいないかネットで検索すると、類似したメールは、あった。

そのメールはとても長い文章であったが、ポイントをまとめてみると以下のようだった。

「私のパスワード」次に「私のメールアドレス」が記され、私(送り側)はあなたのパスワードから、あなたが利用しているサイトを調査し、あなたの友人や家族などの情報を持っています。また、あなたがポルノサイトを閲覧中の「幸福に満ちた顔」をPCのカメラから取り込み保管しています。(ここはちょっと疑問)私はあなたの生活やネット上での交信なども全てチェックできています。(つまり、私のネット上の情報は丸裸になっているということを言いたいらしい)

私が持っている情報に対してあなたが撮るべき行動は2つである。一つ目は、このメールを無視すること。すると私は自動的に1日後にMessengerなどを通して、あなたの「恥ずかしい姿」を一斉送信します。そしてあなたの「恥ずかしい姿」は親族・友人に知られることになるでしょう。(思い当たるふしはないが、恥ずかしい画像を強いて挙げれば、PCの前でパンツをはきかえたことだろうか)
二つ目は、私はあなたの秘密を守秘するので、指定されたサイトにアクセスして、$8000のビットコインを購入すること。となっていた。なぜビットコイン?ますます疑わしい。
でも、このようなメールが来るとやはり不安にならないと言ったら嘘になる。そこで、数少ない昔のパスワードを変更し、おまけにWindowsの起動パスワードも変更した。もし、それにも拘らず、明日私の知人に私の「恥ずかしい写真」が送られましたら、これは本物と思ってみなさまもご注意ください。

久々に英文をまじまじと読ませてもらったメールでした。たぶん明日何も起こらないと思いますが、もし「私の恥ずかしい写真」が送られてきましたらご一報ください。

詐欺メールも手が込むようになりましたね。今後も気を付けましょう。





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